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断章群『欄干』の投稿
1987年『現代詩手帖』3月号
20歳の頃に美術評論家・宮川淳との邂逅を得て、私は「欄干」というタイトルで、現代美術やフランス現代思想に想を得た断章群を書き始めた。ある分量に達して第1稿とし、さらに推敲した第2稿を経て、原稿用紙10枚になる第3稿の断章群『欄干』をまとめ、1986年末、佐々木幹郎・稲川方人・荒川洋治の三氏が選者を務められていた『現代詩手帖』に、意を決して投稿した。結果、稲川方人氏に佳作として選んでいただいた。1987年『現代詩手帖』3月号には、10ページに及ぶ三者の徹底討議「詩を書き続けるとはどういうことか」が掲載され、その最後の最後の数行で、『欄干』への言及があった。
佐々木——稲川君が選んだ××××さんの作品だけれども、稲川君はどうしてこれを選ぶのかなあ。つまり稲川君の詩の書き方をそのまま真似ているわけでしょう。だからこの作品の欠点は稲川君は自分のルールに従ってよく分かるはずなんだな。どうしてこれだけ長く書いても駄目なのかということが。だからそれに対してやさしくならない方がこの人のためだと思うけれども。
稲川——ただ、こういった何も堆積しないエネルギーを使い続けてもらいたいという淡い希望はあるんですね。
佐々木——そのエネルギーを使うなら全然違う言葉のシステムで行えばいいと思うんですが。
稲川——ええ、そういうふうに変えてゆけば力のある人だなと思うんです。他の人が誰も無駄なことをやっていないので、律儀に無駄なことをやっているなと好感を持ったんです。はい(笑)。 (1987.1.28)
その時に投稿した手書き原稿のコピーを保存していたので、ここに転記します。※ルビは( )で文字の後に付しています。
欄 干
簡易な違約からにせよ
あらかじめ範疇に賓位はなく
臨時に段落する雹の気障も語語、語語、誹謗
と書き逸れて肺を灕(うす)める罷免
浅く欄内へ差(たが)う遅刻に
灌漑への箋注を添え省く
いずれ既報と翌日の気象も字義的な鶺鴒一冊
(ただし錯簡している)の簿記学
釈(す)て残(そこな)うふたたび干渉の抜粋か避妊
冒頭は遺棄される帰属の免疫。背違、剝離。抹消(欠如を駆除して稀薄にも過剰に)。劈開する傍白——視床に蒼黒い瘢痕が、……薄葉の字面に透けて、あるいは、透写紙が縒れる。整然と屈折する声紋の波面に、製図され、塗装される文字の倒影。その靱帯の縮痙。婉曲する筆跡の憔悴。鍵盤には活字の刺繍。綻びる。抜粋する。方眼の閾に。欄外に矩象する発条。外旋状に撚りを戻して。脊髄の腔綫。暴発する。霰弾。楔形の水曜日。午前4時。
《懸濁する繋留音。攪拌。記述を返し、内翻を継ぐ、不在の牽制、不在の疎外。離縁に纏わる記憶の暈滃。新しい無が開き閉じる。》
互違の縮約を控除する。抹消に拮抗する闕焉の推敲。
短絡する喪失の摂動。包絡を省く罫線の徴候。植字の猶予を放棄する。亢進する懸針の切尖に傾聴する。点滴の痕跡。間断に機転する傍白——内翻、内翻する。余計の箇条に偏向する私は。
鶺鴒の褊綴と結裹。いずれ既報と翌日の気象は、字義的な鶺鴒一冊の簿記学。覆被と除覆が摺れ違う、反復のうちに、言質もなく、違約を無効に、記述に抹消が謄写される。肉薄した痕跡が再び、間歇する内翻を継いで。
貫性に衝動する放棄の艤装。収差する方眼の羅針に、破綻する索引を繰り返し、出航! 衝角に霰弾が爆ぜて。存在の粘土に吃水するこの楷書航跡を、傾斜する留保の帆を翻し、保釈!
索引に載せる形声の穿鑿。添削、草稿、抜粋、綴じる。《……こうして偏在する平衡の弛緩を開封し、遠隔の空転に差動する。驟雨の顚倒(ただし備考として)。展開する演算の勾配に、発効する脱垂と紆余。》《抑揚もなく、褶曲した筆致の背斜に、脱字の錯列。照準された誤謬の誤差。卒倒する。卒倒、卒倒する。清算されないこの投機。》
書き剝ぐうちの、垢鱗の、歯擦の仕種を梳く、昏睡の趨勢、変受の縁に心を留める。筆蕊の翳。消す、消える。消し、残す。——消すと消えるの?——消して残すの?——
揚棄。
分封の模擬を開平する。綴字水準に膠着する疑句は、
《鱗形の字彙に傍接する、stanceの懸隔に、懸垂するBLANK——渋滞する痕跡の摩擦に削がれる紡錘潮音。自閉を継ぐ方環の乖離。直前に左傾した形跡の点滅。》
霧函に漏刻。
登録された擦傷の履歴を濾過する矩形の靄の、
折衝の擬態に発疹する、
躊躇。
再び/
/再びの剪断に、懸垂する空欄。冒頭の召喚、再び/
/再び、絶縁する距離の温度に、散開する格子点。校閲も、排除もなく、回避も、棄却もなく、再び/
/再びの剪断に、遅刻する抑止空間を履行する。再び/
/再び、露出過剰の剪断撮影。再び/
/再びの剪断に、劈開する、遥かな距離のなさ。冒頭を承前する冒頭の毀損。迂闊にも、再び/
/再び、解版/
/垂体/
/再び/
/再びの剪断に、懸垂する空欄。
《……したがってこの交叉構造を躱避して、傍観される展翅現象はないのである。》断口に、速達の開封。《木化する翅鞘の干渉縞。濾波を散らす版画の視差。むしろ、隔離する演技の密度に、転覆を繰り越す、その拡散と緊張。》圧条の縦生に、先行する深刻を捲る。
噴霧、あるいは暗算の方解。《半開する、貫性の貧血。躊躇。蝶番に、鶺形の痙攣。方旋する。》断口に、あるいは発覚する、速達の補刻。
剝製の譬喩の中傷。《しかし矩象言語の痕跡は、常に、抽象として残留する。》転送された速達の閃き。
(※以下3行と3文字は重ね書きしているためnoteでは再現できない)
×××跡が再び、間歇する内翻を継いで。内翻する零余子の黙白、闢いて。
内翻する便箋の交配。封筒へ裏返す。抹消(内縁の点呼に引攣れて、……)、封緘の戯曲に、投函の傍白。
私の薄い欄 干
気象する未婚の語族。
こやみない吝嗇、書法の、
私の薄い欄 干。誤読か書損の、
異方に明日を羅列
します。 離れて主題。私の薄い欄 干。
離れて薄い主題か罷免。
私の薄い欄 干。
《辺鄙に如露を置閏する、暦象の稀釈。如露の内障を打算せよ。》霧函の中の霧函の中の霧函に、時化。等辺の塩基に、臨時に段落する雹の気障も、語語、語語、誹謗と、書き逸れて肺を灕める罷免。《結紮された如露の内障を打算せよ。脱臼した如露の勾配を微分せよ。》欠如の間際に併発する如露の霹靂。海震の午後。夏至の時効。
朔日の回爛の揺籃。揺れる四塩に初潮の反騰、数輛。注連に過疎を編纂する。(錯簡的に九去法を駆使すること)。錯語の僭称、何も。《死線に懸かる線審の義歯は覆瓦状にすら並ばない。》
省かれて過ぎる灌漑の遊びか通訳。簀の中の概算の歯の治癒の数個。誤植とは違う開脚を差すこと。
潟に字彙、潟に字彙が外れる。次は稀少と間違って。
間違って脚注に齲歯をあつめる
帰省
索引に載せる形声の穿鑿
疎薄な肺への推敲も
しばらくは保釈して
辺鄙で
如露の勾配をしあんする
ろうあの義姉に歯(よはい)した
夏至の時効
植字の猶予を放棄する
齟齬があり
引攣って欄外に連呼を数え
消印の趨勢に遅れて
書き逸った
(書損の団欒)あるいは剝製の譬喩の中傷
備考として顚倒する驟雨
鹹性の深刻を翻す
封緘と投函の戯曲に
うすく偏れる方途も知らず
左掌で錯簡する私
則闕の零は廃す
(欠如を駆除して稀薄にも過剰に)
錯語の僭称 何も 以後は
(了)
確かにここには稲川方人氏の詩集『封印』(思潮社、1985年)などの影響が滲んでいるが、むしろ当時、傾倒していた荒川修作氏の『意味のメカニズム』やジャック・デリダの『エクリチュールと差異』への生半可な「かぶれ」に爛れている。佐々木氏の意見は正鵠を射ていて、「これだけ長く書いても駄目」で、ここに「詩」が実現されているとは言いがたい、ほぼ支離滅裂な断章群に過ぎない。その後も私は、「何も堆積しないエネルギーを使い続け」、「律儀に無駄なこと」をやりながら、21年を経て、この「欄干」に鶺鴒を導き入れて改稿、「欄/干」とし、「鶺鴒一册」と背中合わせにして、第一詩集『干/潟へ』(思潮社、2008年)を上梓した。佐々木氏が言われていたような「全然違う言葉のシステム」が、果たしてそこでは構築できているだろうか。
※1987年『現代詩手帖』3月号では、「〈書物空間〉または〈装幀の身体〉」という特集が組まれ、加納光於氏と菊地信義氏の対談「世界を捲る「書物」あるいは「版画」」が、また神戸の異才・永田耕衣氏の「書相について」という論考も掲載されており、40年近くを経た今も大切に保管している。
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