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火を鎮/沈める——蔡國強展を観て
この文章は、昨年7月1日(土)に、青森在住の友人で、詩人・SSW(singer-songwriter)の川畑battie克行さんと東京で落ち合い、武蔵野美術大学鷹の台キャンパスの美術館で開催されていた《若林奮 森のはずれ》展を鑑賞した後、国立新美術館での《蔡國強 宇宙遊―〈原初火球〉から始まる》展を観て書いたものです。
冒頭の写真は、縦4m×横33mに及ぶ長大な作品《〈歴史の足跡〉のためのドローイング》(2008年、火薬・紙)。
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太古の人々が眼の前にして驚愕し恐怖したであろう火山の噴火や山火事。人々は火から避難し、雨が火を鎮めることを知る。やがて自ら火を熾し、消し、随時、火を熾したり消したりする術を覚えた人々は、今もその生活を着火と鎮火、火の制御にすがっている。
詩人の瀧口修造にも火で紙を焦がした作品があり、それは紙を下から蠟燭の焔のような火であぶり、焦げ穴をつくって、紙が燃え尽きる前に消火して、穴と周囲の焦げ痕を残すというものだった。瀧口さんは何を見たかったのか。焼け落ちた穴とその周りに残る褐色の焼痕。瀧口さんの眼は焔の先端が紙に触れ、焦げが広がる場に注がれて、手は遅れて鎮火に向かう。
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『現代詩読本15―瀧口修造』
(思潮社、1980年6月1日発行)より。
蔡國強の初期作品《火薬画》に、燃え落ちた穴はない。マッチの燐を削り、紙の上に置いて着火、そして瞬時の鎮火。垂直に立ち上がり、すぐさま水平に延び広がろうとする火を即座に紙に沈めること。蔡國強の「火の芸術」とは、「鎮火(紙への「沈火」)のアート」だった。蔡さんの眼はほとんど炎を見ないだろう。起爆の瞬間を聴いて、瞬時の鎮火を試みる(あるいは初めから入念に鎮火の準備がなされている)。蔡さんの作品で、紙が燃えて穴が空いたものは(この展覧会の出品作の中では)、障子を燃やした《空間No.1》(1988年)だけだった。
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その後、蔡國強の「火の芸術」は、見える火を延々と導き引き延ばす壮大なプロジェクトへと変貌する。万里の長城を火で延長する、ながいながい導火の旅——。
そして彼は還ってくる。「今ここ」を垂直に燃やす「火」に。その「火」を吸引したであろう〈源初の闇〉に。――私らがそこへ行きつく前に、しばし「遊ぼう」と用意してくれた動くインスタレーション(アトラクション、アートラクション? )。アインシュタインがいる、車椅子のホーキングも。宇宙の謎をつかもうとした人々とともに、「火」ではなく「光」の世界にしばし遊ぼう。
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そして彼は還ってくる。「今ここ」を垂直に燃やす「火」を瞬時に紙に鎮/沈めること。それは〈源初の闇〉に吸い込まれようとする〈原初火球〉を捕獲する行為。さらに炎を鎮/沈める支持体(support)は「紙」ではなく「鏡」にもなる。——「鏡面爆火の瞬時鎮火」——「鏡」を辷る「炎の痕跡」——美しい。
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(2023年、火薬・ガラス・鏡、七面屏風)
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(2023年、火薬・ガラス・鏡、七面屏風)
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