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塩田武士著『存在のすべてを』


塩田武士『存在のすべてを』(表紙)
朝日新聞出版、2023年9月30日 第一刷発行


昨年の10月に藤岡市立図書館の新刊棚で見つけ、借りて読み、印象的だった場面をPCにメモしておいた。今年の4月から手製和綴じ詩集『汎水論』を販売するためにnoteを始め、この本のことも書いておきたいと、もう一度、図書館に予約を入れると、何人も先約の方がおられ、この10月になってやっと順番がまわってきた。著者の塩田武士(しおた・たけし)氏は、1979年兵庫県生まれで、神戸新聞社に在籍されていた方だった。


写実画家と英語講師の夫妻が、絵が上手な4歳の男の子を預かることとなり、親子同然に暮らす3年間――小説の終盤、「父子」の会話が印象的だった。

▼「お父さん、水はどうやって描くの?」
「水を描こうとしないこと、かな。実際に目にしているものを丁寧に拾っていく。透けて見える石とか太陽の光とか水滴の揺らぎとか。そういうものを一つずつ描いていくと、いつの間にか水があるように見える。」
「じゃあ、いつもと変わらないってこと?」
「そう、変わらない。あとは、前に『明暗』と『色彩』について話しただろ? キャンバスの中でその二つがきれいに重なり合わさる瞬間があって、このときに絵が静かに澄んでいく」
「そこまでがんばれば、本当の水みたいに見えるってこと?」

▼「何度も言うけど、写実画を描くということは『存在』を考えること。」


表紙の装画は、金属ワイヤーか細いロープで造形されたオブジェを撮影した写真だとばかり思っていたが、野田弘志氏の超写実的な油彩画の《THE-9》(姫路市立美術館蔵)という作品だった。美しい。

野田弘志《THE-9》(2003-04年)姫路市立美術館蔵

上下の金具に繋ぎ留められた細いロープには二つ、結縄のような結び目がある。小説『存在のすべてを』に登場する人々、それぞれが互いに見えない糸で結節されながら自己を結んでいる“存在”であることを象徴しているかのようだ。

2022年に姫路市立美術館で開催された展覧会「野田弘志――真理のリアリズム」について書かれた毎日新聞の記事。《THE-9》についての野田氏ご自身の言葉が。


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