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響きがちがう言葉

 その分野特有の言い回しのようなものが好きだな、と思う。
 説明が難しいけれど、フィギュアスケートの「ポジションが明確」、スケートボードの「かっこいい」、舞台の「踏む」のような、日常で使わないわけではないけれど何となく意味が違う感じのする言葉、というのとも何か少し違う気がする。本当に「感じ」としか言いようのないもので、強いていうのなら、「耳に馴染みのある言葉が、思いもよらない文脈で飛び出し、かつそれがある分野の人にとってはごく自然な言い回しらしい感じ」ということになると思う。そういう言葉を耳にするとき、最初は驚いて少し興奮し、喜ぶ。二度目以降はうきうきする。自分でもわけがわからないけれど、楽しいことはいくつあってもいい。
 この感触を一番最初に味わったのはいつだったのか、記憶を探ってみると、案外すぐにそれらしい思い出が見つかった。高校三年生の、卒業間近のころだ。
 在校生が部活ごとに卒業生のための演目を披露する、そういう行事のときだった。体育館いっぱいにパイプ椅子が並べられていて、卒業生は舞台寄りに集められていた。私の隣には同じ組の、吹奏楽部の女の子が座っていた。吹奏楽部の子はだいたいなんだかぱりっとした印象をしていて、その子も例にもれずぱりっとした賢そうな子だった。なんの楽器をしていたのかは聞かなかったけれど、黒くて縦に長い楽器を演奏しているのが似合うと思う。サックスやオーボエのような、そういう形の楽器が似合う佇まいだった。
 私は吹奏楽部ではないけれど、吹奏楽部の演奏は楽しみにしていた。音楽が好きだ。それに母校の吹奏楽部は力が入っていて、なんだか華々しい報告をしばしば聞いていた。何度か学内で演奏するのを見たことがあって、私には良し悪しを聴き分ける耳はないけれど、気持ちがよかった。
 実際、その日の演奏も、とてもよかった。ショーに慣れているのがよくわかる、はきはきした司会と演出で、見事に楽しくさせてもらってしまった。演目の終わり、いいものを見せてもらった感謝の拍手を二拍ばかりしたころだろうか、同じく拍手を始めていた隣の彼女が勢いよく立ち上がった。
「ブラボー!」
 少し低めの、張りのある声が舞台に向けて放たれた。
 体育館のあちらこちらからも、吹奏楽部の子らしき声が飛んでいたが、なんと言っていたかは覚えていない。私は拍手をしながら驚いていた。
 ブラボー。
 知らない言葉ではない。けれど、生活の中で口にする人を見たこともない。
 後輩たちを誇らしげに見つめ、力強い拍手を送る彼女を見上げながら、思った。
 吹奏楽部は賞賛するとき「ブラボー」を使うんだな。
 これがおそらく最初の体験だろう。思い返すと少しちがう気もするが、きっかけにはちがいないと思う。わけがわからないけれど何となく楽しい気分になる理由も、たぶん、このときの気持ちが関係しているのではないかと思う。

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