雨後 閑

うご かん、です。書き散らします。

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最近の記事

響きがちがう言葉

 その分野特有の言い回しのようなものが好きだな、と思う。  説明が難しいけれど、フィギュアスケートの「ポジションが明確」、スケートボードの「かっこいい」、舞台の「踏む」のような、日常で使わないわけではないけれど何となく意味が違う感じのする言葉、というのとも何か少し違う気がする。本当に「感じ」としか言いようのないもので、強いていうのなら、「耳に馴染みのある言葉が、思いもよらない文脈で飛び出し、かつそれがある分野の人にとってはごく自然な言い回しらしい感じ」ということになると思う。

    • 星は昼

       夜、ベランダに出てみると、意外なくらい星が出ていた。田舎から市街地のアパートに越してきて二週間ほど、夜間に外出したこともあったが、暗い空に地上の光がうつっているばかりで、自宅の夜空も似たようなものだと思っていた。おそらく出歩くときはなるべく明るい道を選んでいたせいだろう。ベランダから見る空は、「満天の」とは言えないまでも間違いなく星空だった。  住んでいた田舎の空は、撫でれば手のひらにざらつきそうなほどの星が見えた。そんな感想が出てくるのはたぶん、理科室の机に似ているな、と

      • 夢みたいなもんだから

        快晴だ。 秋空は半球状に天井を高く掲げているが、足許の影は夏の気配を残して青みがかっている。今はたぶん夏の終わりで、日差しは濃いものの肌を刺すほどではなく、空気はひんやりとしている。 私の立つ一本道の両側には田んぼが遠くまで広がっている。稲は金色に実っていて、しかしよく見ると収穫するにはまだ若い。穂先はふらふらと心許なくお辞儀していた。 同じ高さで続く稲穂の果てに建物の影は確認できず、四方を囲う黒黒と茂った山と田んぼの交わる辺りは遠すぎてどうなっているのかわからない。どうなっ

        • 溜まった短歌

          (たまっ)たたんか、という響きがとてもいい。 隙だらけだけどまとめておく。 今夜 倒すべき敵もないのに伸びた爪、切って背筋を伸ばして死ね。 砂を食え。雪も食え食え。星も食え。夢でおなかが膨れるものなら、 昼間から星のことだけ考えていた。星の名前も知らないのにな。 ささくれる。呼気の向こうにざらついた夜空を撫でると星、剥がれ落ちる。 世界ではいろんなことが起きている。俺は今朝も革靴をはく。 冬は嫌いだ、 眠る前、瞼に浮かべた冬の海。冷たいだけなら怖くなかった。

          この蜜柑

           仕事中、不意に芥川龍之介の「蜜柑」を読んだときに思い描いた情景が瞼の裏を横切っていった。  寒い季節の水で溶いたような薄い空を背景に、つややかな蜜柑が柔らかく弧を描く。放る手は小さく細く、寒さで赤くなっている。ぴんと伸びた指先が、蜜柑の描く軌道と重なって翻る。下の子たちに確かに届いてほしい、と祈っているかに見える。私もいっしょになって祈る。  自分の立ち位置がどこなのかはわからんが、手のほかに少女の姿は視界に入っていない。主人公に自分を重ねたり、その場に立っているというより