葛根湯医
「現在の日本において、一番有名な漢方薬は何ですか?」と尋ねられれば、多くの方が即座に葛根湯と答えるのではないでしょうか? 「風邪に葛根湯」というよりに大変有名な葛根湯、その人気はどうも現在だけの話ではないようです。
なぜなら、江戸時代には「葛根湯医」という落語の枕話がありました。ここで登場する葛根湯医は、頭が痛ければ葛根湯、お腹が痛ければ葛根湯、何でもかんでも葛根湯というようにワンパターンの薬しか出さない医師であり、どちらかというとあまり上手ではない医師として解釈されることがあります。
たしかに、新しい薬を使う医師や最新の医療機器がそろった施設の方が何となく優秀というイメージは今でもあると思います。私自身も医師に成り立ての頃、ベテランの先生からの紹介状に少し古い薬が使われていると「時代遅れの治療」と思っていましたし、新しい薬が出たらその効果を確かめたくなり、新しい医療機器が登場すればそれを使ってみたいと思っていました。その風潮は恐らく現在の多くの医師のなかでも続いているようです。やはり、製薬メーカーからお金で雇われたえらい?先生がわざわざ宮崎まで来て「この薬はいいですよ」といわれれば何となく使ってしまうのでしょうか。
さて、どちらかというと余り財布に優しくはない新しい薬と比べると、『傷寒雑病論』という2000年前に書かれた書物のなかに登場する葛根湯の保険薬価は大変安く、1日分の10割負担で、70円もしません。患者様の窓口負担は3割負担で20円程度、1割負担では7円以下となんと財布にも優しいことでしょうか。加えてこの葛根湯、実は風邪以外にも用いることができるのです。その代表が肩こり、これは葛根湯の薬効を表した条文のなかに、「首や肩の強ばる風邪に用いる」とあり、それを応用したものです。また、同様に下痢などにも用います。さらに我々漢方専門医は江戸時代の医師の残した書物のなかに当時の医師がこの処方をいろんな使い方をしていた記録を見て勉強しています。例えば上唇をぺろりとなめる癖の子供、現代医学的にはチックという何となく落ち着きのない子供達にはこの葛根湯が良く効きます。また。母乳のなかなか出ない妊婦さんにもこの葛根湯が功を奏することがあります。漢方は間口も広いのですが、実は奥は深い世界です。私は平成の葛根湯医をめざそうと思います。