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牡蠣フライ

「かきフライ」という言葉を私が知ったのは、今から55年くらい前、幼稚園になるかならないか、という頃だった。その頃は日曜日になると祖父母、両親、私に弟二人がぞろぞろと浅草に食事に行くことが多かった。そんな時によく行ったお店が「河金」という洋食屋さんだった。

当時は現在の浅草ビューホテルの場所に国際劇場という大きな劇場があり、「河金」はその国際劇場の脇の路地を入ったところ、国際劇場の楽屋口に近い場所にあった。幼少の頃の私にとって外食の時の一番のご馳走は海老で、天ぷら屋さんなら「大黒屋」で海老天丼、お蕎麦屋さんなら「尾張屋」で海老天ぷらそば、洋食屋さんなら「河金」で海老フライ、が私にとってのご馳走だった。

しかし大人たちは「河金」で海老フライを頼むことはほとんどなく、他の色々なものを頼んでいたのだけれど、そのなかに「かきフライ」というものがあることにある日私は気がついた。かきフライ?牡蠣という貝があることなど知らない幼い私は「柿」のフライなんてあるのか?と思ったことを覚えている。それで私は、父にだったか母にだったか忘れたけれど、自分も「柿フライ」を味見したいと言って一口食べさせてもらった。「苦い!まずい!」と思ったことを覚えている。でもそれを言葉にはしなかったはずなのだけれど、私が不味そうな顔をしたのだろう、母に「子どもが食べるものじゃないのよ。大人になったら美味しいと思うようになるはずよ」と言われたのを覚えている。

その言葉通り、いつの頃からか牡蠣フライは私の大好物になり、メニューにそれを見つけると真っ先に注文したくなる。好きでよく食べに行ったのは、銀座の煉瓦亭と同じく銀座の三州屋。煉瓦亭の牡蠣フライは小粒で、三州屋の牡蠣フライは大ぶりである。どちらもそれぞれの味わいがある。でもそれ以外のお店でも、メニューに牡蠣フライがあれば、それが私の第一候補だ。

そんなことを思い出したのは、今日今シーズン初めて牡蠣フライを食べたからだ。


キッチントーキョーの牡蠣フライ


東京を離れて10年以上たった私は、煉瓦亭にも三州屋にも気軽には行けない場所に住んでいるけれど、今の住処から歩いていける場所にその名もキッチントーキョーという洋食屋さんがあり、そのお店で今日食べた牡蠣フライは、大粒がふたつと小粒が六つ。衣の感じは三州屋よりも煉瓦亭に似た肌理の細かいパン粉を使っていたけれど、一つの皿に大粒の三州屋と小粒の煉瓦亭の両方が盛ってあるような気がして、ひとり密かに嬉しくなってしまいました。

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