おおたとしまさ『いま、ここで輝く。』
この本は 教育 中等教育(中学・高等学校)数学教育 教師 井本晴久 の本です。
【この本を選んだ理由】
2020年1月7日放送のNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で、この本に登場する井本晴久さん(以下、敬称略)が取り上げられていました。この番組の底本にもなっているのが、この本だったので、この本と番組について書くことにしました。特に書籍に書かれていて、番組で取り上げられていない部分についてご紹介します。
【著者紹介】
おおたとしまさ
オフィシャルブログ
著書(Amazon)
※おおたとしまささん(以下敬称略)は、教育ジャーナリストで教育の中でも学校、塾、習い事など様々なジャンルで著書がありますが、実は夫婦のパートナーシップにも造形が深く、『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』、『ルポ 父親たちの葛藤 仕事と家庭の両立は夢なのか』などの著作もあります。オススメです。
著者ではありませんが、
井本晴久 略歴(書籍より一部)
「いもいも」教室主宰、栄光学園数学教員。栄光学園中高、東京大学卒業後、数学教員として母校に赴任。「鍵メソッド」と呼ばれる独自の幾何教授法や、思考力を重視するアクティブラーニング型授業に約20年前から取り組み、全国の教員や教育関係者が見学に来る。
【本書をひもとく 内容紹介】
Amazonの内容紹介の→からは私のコメントです。番組で取り上げられなかった書籍の内容を中心に補足しています。
Amazonの内容紹介より
大切なのは「ふざけ」「いたずら」「ずる」「脱線」叱らない、教えない、でも子どもは育つ。「いもいも」教室主宰、栄光学園教員、井本陽久に密着した笑いと涙の「先生ルポルタージュ」
第1章「ド変態」たちの教室
宿題は出さない。ライバルはスマホやゲーム機
手を動かさないと、頭の良さが弱点になる …etc
→主に栄光学園で担当する中学数学の授業の様子と、栄光学園を卒業し大学生になっている教え子たちが井本晴久を振り返る座談会で構成されています。
第2章「プルっと体験」が止まらない
この教室ではありのままの自分でいられる
「奇跡」を「奇跡」と決めて受けているのは大人たち …etc
→「いもいも」の教室での授業(やディスカッション)の様子が臨場感あふれるタッチで書かれています。「いもいも」は数学の授業だけでなく、個人のスピーチやそれに関するディスカッションもあるようで、平和に関する一人の生徒の問いと、それに関するディスカッションについての記載があります。
第3章 伝染るんです
毎週わざわざ愛知から通う生徒も
世界トップのエリート校をうならせる …etc
→井本晴久の魅力に吸い寄せられるように集まってくる、教師、保護者、生徒の事例が載っています。後半は名古屋から通いスイスのボーディングスクールに入学が決まった女子が紹介されています。
第4章 ジャッキー・チャン参上
20年以上続けている学習支援
学校の長期休暇のたびにセブ島に通う …etc
→井本が長く行っている、国内の児童養護施設での活動とセブ島での活動の様子がまとめられています。この章の後半では筆者であるおおたとしまさが日本とセブ島での子育ての違いについて触れ、〈私たちはなぜ複雑にしてしまうのか?〉という問いで締めくくっています。
第5章 鬱るんです
嘘で埋め尽くした原稿用紙
教えたことは身に付かない …etc
→教員になるまでの幼少期の家庭環境から大学卒業まで、そして栄光学園で教師になってからの挫折、番組で登場したエピソードの生徒と思われる、救えなかった(退学した)生徒(R君)のエピソードなどが載っています。おおたとしまさは井本晴久の中にある二面性について〈天真爛漫で優しいイモニイ〉と〈ストイックで厳しいイモニイ〉の二つの人格があるとしています。退学した生徒のエピソードの箇所には、井本晴久がその生徒を担任していた年度末の終業式に作成した自作(作詞作曲)の歌の歌詞が掲載されており、井本晴久という人の人間観をしることができる詞になっています。また、この経験から井本が「教員じゃなかったらしてないことは、もうしない」と決意し、このとき現在のキャラクターができたということが書かれています。
第6章「奇跡」のレシピ
15年ぶりに明かされた真実
論理だけでは前に進めない …etc
→前半で、成長したR君のその後が、後半で井本晴久の今後の方針について書かれている短い章です。
【編集の視点から】
番組は時間の制約上もしくは番組全体のコンセプトによるものか、「既成概念を超えて数学の楽しさを追求する授業(を作る求道者のような井本晴久)(神奈川男子校や花まる学習会での授業)」と「どの子もみなありのままでよいのだという井本晴久の心のスタンス(児童養護施設)」との2軸(2つの側面)がやや平行的に紹介されており、2つが井本晴久という教師の中でどう関係しているのかという点についてやや分かりづらいという印象がありました。
書籍では井本の海外での活動について4章で紙面が割かれていますが、番組では冒頭にナレーションでちらりと紹介されるのみにとどまっています。
書籍では、冒頭付近に井本晴久の授業にハマった男子校の卒業生がイモニイについて語っています。それぞれ優秀な大学に進学し(文系も理系もいた)、ちょっと人とは異なる視点で将来を考えているという、イモニイズムをおおたとしまさは取り上げています。このエピソードの他、3章後半で紹介されている、「いもいも」の受講を熱望した女の子が中部地方から通い続け、スイスの複数のボーディングスクールからオファーを受けて進学したという生徒の例など、井本晴久の授業は国内外でグローバルに認められ、教え子たちはそれぞれの(数学だけでない)方面で伸びやかに成長していくという、イモトイズムらしい「成果」は、番組ではあえて示されていなかったように思います。
番組より書籍のほうが情報量が多く、また、番組で触れられなかった側面もあり、井本晴久をより多面的に捉えることができるので、一読をおすすめします。
一方、番組のよい点は、子どもたちの表情を知ることができるという点でした。キラキラした目、答えを見つけたくてウズウズする体、あどけない中学生とちょっと大人びた高校生を動画で見られる、一人ひとり実在する子どもの姿が見られるというのは番組ならではのメリットでした。特に、井本晴久は子どもたちをぷるっとさせることを目的としているのですから、受け手の生の姿が見られるのは重要かつ貴重だと感じました。
【教師は、どう番組を受け止めたか】
「教師は、どう番組を受け止めたか」ということが気になりましたので、今回はいつものスタイルに加えて、この章を加えます。
SNSのコミュニティや教師のブログのうち、私自身が発言された方を直接知っているケースの書き込みから1つ、一部表現を変えて紹介します。
◯ある分野において、長い指導実績があるベテラン教師
正直「化け物」だと思った。彼の指導は子どもの人生に大きな影響を与えるだろう。人生が変わる者も少なくない。なんとなく教員をやっている人や、なんとなく生きている大人は、目を背けたくなる内容だろう。(注:この教師は柔軟な思考と行動力を持っている)
とした上で、子どもたちに録画を観せ、「あれこれ考えて行動するときに人は大きく成長する」と伝えたという。
【教育の場、そして家庭の親として私は…】
私自身、井本晴久が教える子どもたちとちょうど同世代の人たちに本を届ける仕事をしているので、単に「すごいな、いいな」という思いでは番組を観られませんでした。修行僧のようにストイックな彼の生き方と同じことは到底できない、と思いつつ、では私にはなにができるのかと焦るような気持ちもありました。
同時に親として自分の子どもの実情に思いをはせつつ、「地頭がよく、意欲が高い子どもは、井本晴久によって熱病になったように一層学習意欲を高め、もともとある能力を高めていくが…そうでない子ども、どこかの段階で学習に躓くなどして、そもそも学習に気持ちが向かない子、能力はあるが頭の柔軟性に欠け、学びの喜びの本質を理解しようとしない子は、この授業をどう感じるのだろうか」とも感じました。
特に、児童養護施設での井本晴久の取り組みが、学習風景の俯瞰的な映像と、帰り際の雑談のシーンのみになっており、彼らの学びがどのようなものなのか、番組ではほぼ説明されていなかったということも気になっていました。
それが、2軸が平行で接点が見出しづらい、という番組の印象につながっています。
この書籍と番組は、子どもを持つ親、教育に関心のある学生、教育関係者、とそれぞれのスタンスで捉え方が異なるかもしれません。しかし、井本晴久という、教師という職業を愛し、ひたすらに「生徒の学びによって得られるワクワク感、知的好奇心を追求する」という求道者のような修行僧のような姿は、誰もが心を動かされるはずです。
多くの人と、井本晴久という教師と、子どもの学びについて語り合いたい、そんなことを思わせる書籍であり、番組でした。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
★関連リンク★
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プロフェッショナル仕事の流儀
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