別れ
翌朝、気怠さが残る身体を起こした君代の枕元には
塩煎餅の入った紙袋がありました。
まちへ出たついでに慶子が買って来てくれたという
お土産なのでしょう。
食事をとりに台所に行くと、絹代が一人で食事をしていました。
「絹ちゃん、こんなに早く起きて、どこか出かけるの?」
と、声を掛けると、絹代は沈みがちな眼をあげ
「母と妹が釧路に来るものですから」と答えました。
久しぶりに家族に会えるというのに、
絹代の表情は硬く強張っています。
絹代の話を聞くと、なんということでしょうか。
妹は、奉公に出る為に釧路へ来るというのです。
君代は、思わず飲みかけの水を戻しそうになりました。
絹代の話に返す言葉もなく、ただただ 郷里にいる妹たちの顔が、脳裏をよぎったのでした。
列車は、もう釧路駅に着いている時間でした。
君代は、急いで部屋へ戻ると百円札をチリ紙で包み
絹代の手に握らせました。
「これで、妹さんに何か食べさせてあげてね。」
君代の手を制した絹代でしたが、自分にも妹がいるので、
とても他人事とは思えないと話すと、絹代は息を殺して涙を流し
君代の好意に従いました。
16歳になる絹代の妹は、松浦町にある置屋に 下働きとして住み込む事になったそうです。
昼過ぎになり、君代はお土産の御礼を言いに
慶子の部屋を訪ねました。
そして、慶子に交際は上手くいっているのかと尋ねると、
慶子は、ためらいがちに頷きました。
どんな事があっても味方でいると伝えると、
慶子はギクリとしてから、顔を上げました。
二人で森から釧路へ来た日を思い出しながら、
ポツリポツリと、今後のことを語っているうちに
慶子は「このままでは、どうにもならない……」と
声を殺して泣き崩れました。
君代もハラハラと零れ落ちる涙を止めるが出来ませんでした。
慶子の背中を撫でながら、
「慶ちゃん、大丈夫ね。幸せになるのよ。」と、囁き
二人で別離を悲しんだのでした。
そして8月4日。 年に一度の町を挙げての港祭りの雑踏の中に紛れ、 慶子と男は姿を消し去り、 それが永遠の別れとなったのでした。
川嶋康男「消えた娘たち」より。