周旋屋と年季
妓楼で遊女となる女性の多くは、周旋屋(しゅうせんや)
という売買の交渉人を介していたようです。
自ら職業として望んで来る人々の中でも、各々に
理由は違いますが、家族を支える為という方が
圧倒的に多かったのではないでしょうか。
また、親が周旋屋から前借(まえしゃく)といって
10年程の年季(ねんき)で、人身売買されるといったことも
たくさんありました。
まだ5~6歳でも、置屋や妓楼に売られてしまう場合もあり、
芸者や遊女の見習いとして、お姐さんの身の回りの世話などをしながら
芸事や仕来りなどを覚えていくのです。
長女から売られていく場合が圧倒的に多かったようですが、
中には、子供達の中で一番、精神的に発達の遅れている子を選ぶ
といった事もあったようです。
なんせ苦界の中に身を置くのに、感が鋭い子だと
自殺をしてしまう子もいましたから……。
年季は10年に限ったものではありませんが、芸者ならお座敷へ、
遊女なら客を取るようになってから収入を得る訳ですから、
そこから借金の返済が始まります。
遊郭に売られた子供は、禿(かむろ)といい、読んで字の如く
下の毛が生えていない子を意味します。
初潮を迎える頃から、客を取り始めていたようです。
ですので、実際に働き始めるのは、10代中頃からという事でしょうか。
一等遊郭では、20代後半の遊女は、もう年寄り扱いをされていた様です。
そうそう、妓楼には等級がありまして、どのように分かれれるかと
いいますと、ずばり!納税額です。その話は、また今度。
次回は、周旋屋の口車に乗ってしまい妓楼に売られてしまった
女性の話しをしたいと思います。