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初恋
消えていく娘たち。
それは、今も昔も実は変わらないと私は思います。
売春という行為は、名称や組織形態が変わりつつも
普遍的に、いつの時代でも、どの国でも
決して無くなる事はない行為なのではないかと。
君代が釧路に売られた時代は、
北海道に冷夏が続き、漁業も農業も低迷期となり
自らその世界に足を踏み入れた女性もいれば、
まだ、右も左もわからないような幼い子供まで、
様々な女性たちが、花街の中で身を寄せ合うように
暮らしていました。
酒や肴と同等に品物として扱われる女性たちですが、
彼女たちにも心はあります。
ましてや、年頃の女ともなると、
時には、人を好きになってしまう事もあるものです。
本当の姉妹よりも固い絆で結ばれていた慶子が
いつになく弾んだ声で、君代の元へやってきました。
とある客に一緒になりたいと言われ、なんと返事をしたらよいのか
悩んでいるとのことでした。
でも、相手は彼女たちと同様にお金に余裕のある人ではなく,
今直ぐに身請けして貰うという訳にはいかないようで、
慶子は親指を噛みしめながらしゃがみ込んでしまっています。
借金があるばっかりに、好いた人が出来ても
返済をしない事にはどうにもならぬ身であるという現実が、
重く圧し掛かって来るのでした。
あと1年もすれば、売春防止法が施行され赤線は廃止される。
相手に借金を被ってもらうか、法が施行されるまで待つしかないのです。
「君ちゃんなら、どうするの?」
慶子の問いかけに、
「そうねえ、昔ならなさぬ仲なんて云って、心中か、
駆け落ちでもしたんでしょうねえ。
でも、命賭けになっちゃうからね。
遊郭時代にはそこの弁天浜でも心中ざたがあったそうよ。」
と応えると、慶子は、
「へえ、駆け落ちねえ……。」
と、妙に納得したような仕草をしたのでした。