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空の箪笥
あれから慶子の馴染み客は、三日に開けず
梅島へと通い詰めて来ました。
大抵は遅い時間の泊まりですが
酔って遅くに上がって来ることもあります。
慶子は、その男が来ると回し客を一切取らずに
部屋に引き籠ってしまいます。
最初は、冷やかし半分に放置していた番頭らも、
店が立て込んでいようがお構いなしで、
指名客すら足蹴にするようになった慶子に対し、
店の者は流石に足抜けを警戒すると共に
小言を言うようになりました。
どれくらいその様な状況が続いた頃でしょうか。
慶子の馴染みの客が、プツリと顔を出さなくなったのです。
その頃から、塞ぎ込む事が多くなった慶子は、
君代の部屋に顔を出す事も無くなり、
食堂で顔を合せても、自分から口を開く事もなくなりました。
その代わり、外出の回数は増えていきました。
けれども店での仕事は淡々とこなしている為、
番頭は、慶子の生活態度にまで口を挟むことはしません。
それは、6月のある晴れた日の昼下がりの事でした。
遅い朝食を済ませた君代が、何気に慶子の部屋に立ち寄り
声を掛けてみると、部屋の主の姿がありませんでした。
箪笥に鏡台、着物掛け。
卓袱台の傍には座布団が二枚揃えられており、
きちんと整理され片付いています。
出かけているのかと引き返そうとしましたが、
何かが引っ掛かります。
直感的に箪笥に目が行き、君代は部屋に入ると
静かに戸を閉め、慶子の箪笥に手を掛けました。
静かに箪笥の引き出しを開けると
引き出しの中は、もぬけの空です。
二段目、三段目と引き出しを開けるも、
やはり中身は空っぽでした。
辛うじて、一番下の引き出しに下着類だけが残っています。
ズキンと胸に衝撃が走りましたが、
君代は、そっと引き出しを元へ戻すと、
誰にも気付かれないように部屋を出ました。
そのまま自室へ戻ると、畳の上にへたり込み
途方に暮れてしまったのです。
川嶋康男 「消えた娘たち」より