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薄野の女

昭和60年。
46歳となった君代は、薄野という歓楽街の片隅に
暮らしていました。

 小柄な身体と、小ざっぱりとした容姿は、
極々普通の印象を与えます。

 釧路から一緒に出て来た馴染みの男とは、
暫く夫婦の様に暮らしていましたが、
籍を入れることは、ありませんでした。

 相手は、土方人夫として真面目に働いていたんですが、
付き合いが断れない質で、自分はたいして飲めない癖に
同僚と飲みに行っては、全て自分で支払ってしまっていたそうです。

 そうした気の弱さに付け込んで、
酒に誘う悪い仲間もいたようで、常にお金の心配が付きまとい
結局は、愛想をつかして別れてしまいました。

 その後、一人となった君代は、家政婦やビルの清掃、
旅館の女中や映画館のもぎりに焼き鳥屋と、
生活が苦しいので、少しでも働ける口があったら
出向いたそうです。

 けれども、女の集団の中で気を揉んだり、いがみ合う世界が
性に合わず。細々と暮らすよりは、一晩稼げば一週間は遊んで暮らせるこの商売が忘れられず、ついつい、昔の「商売」に逆戻りしてしまったのでした。

 知り合いの寿司屋を手伝いながら、お客さんから声が掛かれば
行きます。三十分五千円。君代の取り分は、三分の二です。

 仕事場の界隈でヤクザのヒモのようになってる姐さんもいれば、
道楽もんの亭主の為に身体を売っている人もいます。
けれども、君代にとっては、ヤクザよりお廻りの方が
怖かったそうです、捕まれば手が後ろに回ってしまいますから。

 この先も、ずっと身体を売り続けられるとは
思ってもおらず、そろそろ足を洗おうかと考えることもあるそうです。
いずれは、市役所のお世話になるのでしょうが、
少しでも、頑張って蓄えを増やしておこうかとも考え、
女の証は、とっくに無くなっていますが、
無理を承知でお務めをしているとのことでした。

            川嶋康男「消えた娘たち」より。


 

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