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【映画『異端の鳥』公開記念】イェジー・コシンスキ『ペインティッド・バード』レビュー公開

 映画『異端の鳥』公開を記念して、弊サークルの既刊同人誌『カモガワGブックスVol.1 非英語圏文学特集』掲載の《東欧の想像力》全レビューにて紹介した、映画の原作小説イェジー・コシンスキ『ペインティッド・バード』(松籟社)レビューを公開します。執筆は蟹味噌啜り太郎さんです。

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イェジー・コシンスキ『ペインティッド・バード』(西成彦訳、1965 年)

ペインティッド

 あらすじを簡単に言うならば、第二次世界大戦の惨禍の中両親と離れ離れになった少年が、東欧で一人健気に生き抜く話だ。きちんと教育も受けているけれど、その黒い髪と瞳、オリーブ色の肌のせいでジプシーかユダヤ人とみなされる少年。ナチズムによる同じ被害者であるはずの東欧の人間達からも迫害を受ける彼が、二重に過酷な現実をどうやって生き抜いたのか。それを少年の視点から追体験するサバイバル小説である......というまとめ方はおそらく本書にふさわしくないだろう。疎開中に両親と連絡が取れなくなり、そして預け先の老婆も早々に亡くなるところから始まる物語の中で、少年は確実に、強かに、成長していく。しかしそれは、地獄巡りの末、擦り切れ、壊死し、何も感じなくなったという方が正しい。本書は少年の「成長」を描いたサバイバル小説であり、同時にホロコースト小説でもあるのだ。しかもナチスドイツによるものだけではなく、地域の人々の手によるジェノサイド。その描写は必要以上にくどく、えげつない。生きるために少年は村から村へと逃げ回る。渡り歩くという表現は、この場合似つかわしくないだろう。彼は行く先々で凄惨な状況に直面する。この小説の特徴として、胸焼けするほどのサディスティックな描写があげられる。そしてその凄惨な暴力は、いつも主人公に向けられるわけではないのである。妻が色目を使った作男の若者の目を「ジャガイモの皮を剥きながら、腐った部分をえぐりとるときのような素早い動作」でスプーンでぐりっとほじくる粉屋、おそらく精神的に障害があり、村の男たちと寝ていたルドミラという女性の膣にガラス瓶を蹴りこみ殺した女性たち。強制収容所に向かう列車から飛び降り、生き延びた少女を犯し殺す男。大人たちだけではなく、主人公と同じ子供も容赦なく主人公を排除する。普段は忘れているけれど、子供は純真無垢な存在ではない――特にこのような状況下では。少年はそれに必死で抗い、主に祈りを捧げるが、それも無駄だと気付く。そして人間ではない何者かに変貌していくのである。

 タイトルのペインティッド・バードとはなんだろう? 答えは作中にある。主人公はいっときレッフという猟師のもとに世話になる。彼のもとで鳥の生態について詳しくなった主人公は、あることに気付く――鳥も人間も同じなのだと。レッフはある時丈夫そうな鳥を選ぶと、カラフルなペンキを塗りたくって仲間の元に放してやった。喜び勇んで仲間の元に向かった瞬間、その鳥は仲間にあらゆる角度から襲われ、つつかれてぽとりと地面に落ちた。目は抉られ、血まみれになったペインティッド・バードは主人公と重なる。人々は皆迷信深く、色の違う少年を排除しようとにじり寄ってくる。けれどそれに飽き足らず、同じ見た目のものたちの中でさらに異質なものを見つけようとする。そして見つけたら、なぶり殺しにするのだ――まさにペンキまみれの仲間をつつき回して目をほじくりだしたあのカラスたちのように。その姿は醜くおぞましい、けれどそれが人間なのだ。

作者紹介
イェジー・コシンスキ(Jerzy Kosinski, 1933-1991)
 ポーランド出身。ユダヤ人の両親を持つが、カトリックの洗礼を受けるなどして迫害から逃れる。ウッチ大学卒業後、ポーランド科学アカデミーの研究員になるが、 1957 年アメリカに亡命。1965 年、英語で書いた『ペインティッド・バード』がベストセラーとなる。本作は盗作やゴーストライター説が絶えない一方、現在まで読み継がれるロングセラーになっている。
 他の邦訳に、『異境』(角川書店)、『庭師 ただそこにいるだけの男』(飛鳥新社) がある。

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