『中の人などいない』のレビュー
いわゆるTwitter「中の人」が書いた書籍は、キングジムとパインアメしかない。以前そうお伝えしたこともありますが、あれは間違っていました・・・苦笑
本書は、NHK広報アカウント(@NHK_PR)の初代「中の人」が書いた本です。
NHK_PRのアカウントは、Twitterが広がり始めたころに企業公式アカウントとして話題になったアカウントでもあります。
他のTwitter本とあえて比べれば、この本が一番おもしろく、ふつうの読み物としてもおすすめ。
2009年から4年半担当した浅生鴨さんという方が書いたもの。NHK退職後は、同ペンネームで作家・放送作家をしているようです(ちなみに由来は「あ、そうかも」という口癖から)
本書では、NHKのTwitterを始めた経緯から、炎上の話、ヤフーニュースやスポーツ紙の一面に載ったことまで、軽妙な語り口とテンポのよい文章で、書き綴っています。
もちろん2020年の現在とはTwitter情勢も多少なりとも違いますが、それでも、Twitterというメディアの本質を突いた記述が随所にあって、単純に面白いだけではなく、実務的にも参考になるところが多かったです。
ややストーリー性があり、かつ絶妙な読ませる文体なので、適宜引用しながら紹介したいと思います。
「宣伝がみんなに知ってもらう、使ってもらう、買ってもらう仕事だとすれば、
広報はみんなの中にある、「あの会社ってこうだよね」といったイメージを創るのが仕事です。
みんなが持っている企業イメージをよりよいものに変えていくという作業なのです。
けれども企業のイメージを決めるのはお客様です。企業イメージとは、みんながどう思うかということなのです。
いくら私たちがこう思って欲しいと願っても、なかなかその通りにはなりません。
自分で「私はいい人ですよ、こんな面もあります」と言っても、
みんながそう思ってくれなければ、どうしようもないのです。(p.21)」
こういう認識から、著者は、ユーザーさんと仲良くなることをツイッターの目的とします。
キングジムが「キングジムを好きになってもらう」としていたのとほぼ同じ目的・目標で始まったという点で似ています。
とはいえ、Twitterを始めた当初に多くの人がぶつかる「何をツイートしたら分からない」という壁にNHKさんもぶつかります。
そこで単なる番宣をするのではなく、なんとなく気になった番組を独断で(?)紹介するということをやったところ、反応がよかった。
さらに、ユーザーさんからの突っ込みどころやいじられるところを意識することで、「企業とお客様という関係から、友だちどうしのような関係になる」という方向性で運営していったそうです。
そうして少し軌道にのった頃に、日付を間違えるというお堅いNHKからは許されないミスをしてしまったことがあったとか。
しかし、フォロワーさんには怒られるどころか、すごくウケた。
「間違うことのないマジメな公式プレス・リリース。
これまでNHK_PRがそういう印象を持たれていたとしたら、
あのミスをしたことで、もしかすると人間っぽいと感じてもらえたのかもしれない。
おおおお。ミスか! うっかりミスか!
ミスなら私の得意分野です。任せておくれ!」(p.111)
「少しでも間違えてもいいと決めたことで、私のツイートはどんどんユルいものになっていきました。
もはやNHKとはまったく関係のない話題だけで会話をすることも増えつつありました。
そう、私がやりたいのは宣伝じゃなくて広報だからね。
こうやってたくさんの会話をすることが、みんなとNHKをつなぐきっかけになればいいんだ。
友だちになる。友だちを増やす。それがNHK_PRの目的なんだもん(p.112)」
駐日フィンランド大使館のアカウントに「フィンたん!」と呼びかけたときには、
さすがに多くの人に怒られたようでしたが(笑)、それでもひるまずユルいツイートを続けたといいます。
「怒られて平気なんですか」
「ううん……、そりゃ凹むこともありますよ。怒る人はたくさんいるし、どうして怒るのかもよくわかるんです。
でも、何か言質を取られるんじゃないかって、ビクビクしながら行動していると、結局は衰退していくと思うんです」
「でも、どうしたらそんなに攻められるんですか。僕ら怖いですよ」(※僕らとは他のラジオ系アカウントさんたち)
「結局はフォロワーのみなさんを信じること。徹底的に信じること。私は、それに尽きると思っています」(p.152)
3・11の後も、数日後からユルいツイートを再開したといいます。自粛ムードの中、当然、かなり多くのお叱りの声をもらったそうです。
空気を読め・・・ふざけるな・・・けしからん・・・
そこでツイートしたのは、下記の内容。
「このアカウントのツイートに、いろいろなご意見を頂いております。ご批判される理由もたいへんよく解かります。ですが、状況がどうあろうとも、このアカウントでは震災前に行っていたものと同様の、日常的なツイートを継続します。ニュースをご希望の方は、ニュース系のアカウントをご利用下さい」
ここまでの信念をもって運営できるのは、ある意味すごいなぁと思いました。
そして、それを許すNHKという会社の風土も、懐が深いというか、キモが座っています。(スポンサーがいないからこそできる荒業ともいえるかもしれません)
NHK_PRさんが退職するにあたって、先輩に引き継ぐことになりました。最後に、その引き継ぎの会話を断片的に紹介します。
「(Twitterを)媒体だって考えてしまうと、ついつい何かの告知をしたくなるんですよ。
でも告知するよりも会話をたくさんするほうがいいみたいなんです。
私のツイートで言えば2割が全体への告知で、8割がリプライでの会話です」
・・・
「それに告知をするときにも、どこかに突っ込みどころを残したほうが、みんな楽しめるみたいです」
「突っ込みどころを残すって?」先輩は聞きました。
「ただの告知にも、ちょっとだけ自分の感想を混ぜたり、
どうしてそんな告知をするのかという理由を付け加えたりする感じですね」
・・・
「だから、ツイートしたからといってすぐ伝わっているとは思わない方がいいです」
「そんなに伝わらないの?」
「はい、伝わらないって思っているくらいがちょうどいいです」
「だから情報なんかツイートしても伝わらないんだって思っているのがいいんですよ。一番伝わるのは感情です」(p.256)
ここで紹介したすべてが正攻法かといったら違うだろうし、すべての企業アカウントが真似すべきと考えているわけでもありません。
とはいえ、Twitterというメディアの特性をうまくとらえた内容が多く、多くの企業アカウントの先駆け的存在となったNHK_PRさんが書いた本書の内容は、刺激的で参考にしたい部分が多かったです。
ちなみに、現在のNHK_PRのアカウントは、この頃のような運営をしておらず、一方的な告知アカウントになっています。