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6月10日のお話

こんばんは。今夜は老舗ピッツェリアに50年以上勤めているわたくしが、ピザを召し上がるお客様の特徴や傾向について、お話をさせていただきます。

はじめにお断りをしておきますと、わたくしの勤めるピッツェリアには、立地条件上、米国籍の方も多くいらっしゃいます。同じくらい日本国籍の方もいらっしゃいますが、基本的にピザを召し上がる方の傾向は国を選びません。ですから、あなたの店にくる客だけでしょうという心無いご意見はどうかご遠慮ください。確かにそういう風にも見ることが出来るね、などと、寛容なお気持ちでお聞きいただけますと幸いです。

ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。

ではさっそく、一つ目の特徴から。

ピザ好きを自称する方、中でも特にマルゲリータなどトマトソース系のピザを好む方は、「一見わかりづらい魅力をお持ちの方」が多いように感じます。えぇ、ホワイトソースベースやチーズベースを好む方とは、明らかに違い、その方の魅力は「わかりづらい」のです。しかし、一度理解されるとそれはそれはスター級の人気を誇るタイプと言えるでしょう。

これはベースとなっている「トマト」の歴史を紐解くと納得がいきます。

すでにご存じの方も多いでしょうが、トマトはイタリア料理には欠かせない食材となっていますが、元はペルーのアンデス山地に原生する植物でした。原生地では食用として重宝されておりましたが、ヨーロッパでは似たような実をつける植物で毒性の高い植物、ベラドンナが先に生息しておりましたので、有毒植物に似ている食材としてむしろ嫌われていたという歴史があります。しかしトマトはその愛らしい実の形から、なんとか「観賞用」として生存のポジション取りを成功させます。そうしているうちに、転機が訪れるのです。

有毒植物に似ていろうがいまいが、無毒であれば食べてしまえ!そう思うのは日々の食料に困る貧困層の人々です。そういう人々が食べる食材として、イタリアのナポリで食用という地位を確立し、実からペースト状の食材として加工されていきました。するとどうでしょう。見た目が有毒植物ではなくなったペースト状のトマトは、人々の警戒心の網目をかいくぐるかのように様々な料理に使われていきました。

広がりが早かったのは、彼らトマトが人々の味覚をおいしいと感じる方向に導く“うまみ”成分の「グルタミン酸」を含んでいたからです。グルタミン酸は様々な他の食材の味を引き立て、料理を失敗させない魔法のエッセンスとなります。(皆さんが昔ご家庭でよく常備されていた、一振りでおいしさが倍増する味の素の白い粉末もグルタミン酸ですね)食べてみないとわからない、ペースト状にしないと用途が限られるように思われる、トマトは、そういうわかりにくい存在ですが、一度、うまみのあるベース食材として不動の地位を確立したことから、特に南欧の食文化には欠かせない存在になったのです。(日本では、カゴメというトマトだけを主力商品に大企業になった食品メーカーすらありますね。恐ろしい人気です。)

この店にお越しになるお客様の中にも、内面には大変な魅力を秘めていらっしゃるのに、どうもそれが、他社から見えづらいようになってしまっている方が少なくありません。そういう方がトマトに共感するのか、トマトがそういう方を惹きつけるのか…どちらが作用しているかはわたくしの今後の研究テーマです。

さて、二つの目の特徴に移りましょう。これは特徴というより、傾向と申し上げた方が語弊がないでしょう。

二つ目。ピザ好きを自称する方全般に言えることですが、彼らが何かを成功させるとき、それは「トップに価値を認めさせる手法」で勝ち取られていることが多い傾向があるように感じています。

お客様がこのお店で事業やプロジェクトの成功談をお話しされる際、わたくしも興味津々に耳を傾けているのですが、およそほとんどのお客様が、皆さんトップアプローチを採用されているのです。

「社長に商品を気に入られちゃってさ、あとはもう一気だよ。」とか「あの仕事が大佐の目に留まってから、アッというまにピックアップされて」とか。

これもピザの生い立ちを振り返ると納得がいきます。

ピザは、トマトがそうであったように、トマトソースを塗られた平べったいパンだったころは貧困層の日常食でした。それが広がるきっかけになったのは、19世紀後半にイタリア王妃マルゲリータが「おいしいですわ、これ。気に入りましたわ」と発言したことです。

こういうエピソードを訊くと、人間という生き物は、本当に周囲の評判や評価ばかりをうのみにしている単純な思考の持ち主だと思わずにはいられませんね。常日頃から自分の感覚を信じていれば、どこかでトマトに出会ったとき、それがどのような人が口にしているものであっても、自分の舌で味わい美味しいか美味しくないかを判断できるというものなのに。

あぁ、いけませんね。人間の批判はこのくらいにしておきましょう。とにかく王家に認められることからメジャーデビューを果たしたピザのように、ピザ好きの人も何かしらの王たる存在に価値を認められることで成功を勝ち取っていくのです。不思議な相関ですが、これはなんとなく、ピザ自身が、自分を好きだと言ってくれる人間に、自分の成功体験を追随してもらいたいと奇跡を起こしているのかもしれないと、わたくしは考えています。

ほら、今しがた、ピザをおしゃれに移そうとスマホを構え、ピザ越しに私まで映しこんでしまった写真を撮った女性はチーズベースのピザ好きのようです。彼女は器用に自分を表現するタイプのようですから、マルゲリータ趣向の人よりも魅力は伝わりやすいですが、彼女は自分の転職の時の話をこのように語っていました。

「役員の目に留まって採用してもらった」と。

逆に、その彼女をエスコートしてきた向かい側の男性。彼はここのおすすめはトマトソースベースだと発言していました。そうです。二つの特徴を併せ持つピザの申し子。彼は確かに一見軽薄そうなふるまいをしますが、発言する内容や、連れてきている彼女の様子から見ても、大きな魅力を持っていることは間違いありません。そう、わかりづらいのがかわいそうです。彼はまだこの店では成功談は口にしていませんが、きっと近い将来、トップアプローチで何かを成し遂げ、そのお祝いにこの店に戻ってくるでしょう。

はい、この店に長く勤めていますと、そういう予感めいたことを感じるようにすらなりました。

いかがでしたでしょうか。ピッツェリアに50年以上勤めるわたくしの小話は。

そういうわたくしにも、ひそかな夢があります。それは、いつかわたくしを演奏したピアニストが、時の王家に見初められ、華々しくメジャーデビューしたあとに外線ライブと言ってこの店のライブに戻ってきてくれることです。ピアノとして生まれたからには、いつかそういう有名な方を輩出し、有名な方に弾いていただきたいと願ってやみません。まぁうちのお店に来てくださるくらいの方ですから、きっとその魅力はわかりづらく、芽が出るのは万に一つの確立かもしれませんが、この店の美味しいピザたちの魔法で、良い人に見いだされる日が来ても良いのではないかと、ひそかに思っております。

あぁ、関係のない話が長くなりました。

今日は家族連れにカップル、いつもの軍人さんにと、たくさんのお客様にお越しいただきました。私の小話とピザの味とお店の雰囲気とで、お腹いっぱいになってお帰りいただけるなら、夢はかなわなくてもわたくしは幸せでございます。

今日もご来店、ありがとうございました。

2018年6月10日 店の奥のグランドピアノがお送りしました。

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