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11月7日のお話

「願い」は口に出すことで叶う、という言葉をよく耳にします。それは願いを周囲の人が把握することにより、それを叶えるための協力者が現れる可能性が高まるからという理由があります。

しかし、こと恋愛、想いの絡む願いについては、口に出さなくても強く願う心が、物事を動かしてしまうことも少なくありません。逆に口に出すことで叶う可能性を閉ざすことさえあります。

御伽噺をしましょう。

ある村に、美しい娘と、誠実な青年がいました。娘の名前をアカリ、青年の名前をセイとします。アカリとセイは幼馴染で大変気が合い、いつも一緒に遊んでいました。村の大人たちも、二人の仲の良さを微笑ましく見守り、二人は当たり前のようにこのまま二人の楽しい時間が永遠に続くのだと思っていました。

しかし、二人が18歳になった頃、セイは親からアカリの素性を聞かされます。彼女は由緒ある武家の妾の子。世継ぎ争いに邪魔になるからという理由で、領地であるこの村のアカリの両親の養子として家を出されたという過去がありました。そして最近、その武家に不幸が続き、後を継ぐ子供が彼女以外残っていないという知らせが村に届いたのです。

有無を言わさず、彼女はまもなく生家に引き取られ、武士の身分を与えられるのだと言います。

そうなると、セイとアカリは身分が違う男女になります。アカリは武家の姫として、もちろん政治的な婚姻を課せられるでしょうし、そもそもそうでなくてもこれまでのようにセイが気軽に会える相手ではなくなります。

両親はセイに問いました。

彼女のことは諦めなければならないとして、側に仕えることを選ぶか、2度と会わぬことを選ぶか。側に仕えるのならば本家に戻る際から、アカリの用心棒という形で付き従うことができるらしい。

セイは悩むことなく、側に仕えることを選択しました。アカリは彼にとってすでに人生の一部です。男女の関係にはなっていませんが、彼女をみられない人生に意味を見出すことができなかったからです。

その選択を両親に告げた時、特に母親が悲しそうな顔をしてこう言いました。

「あなたのことだから、お仕えする身分を弁えることでしょう。しかしあなたの心にすでに宿ってしまっているアカリに対する思いは、できるだけコントロールしなさい。できるだけ、心にも浮かべないように気をつけて。」

この母親からのアドバイスは、非常に重要なものだったのですが、その時のセイには全く響かず、彼はアカリに対して身分不相応な発言を慎むことを心がけ、彼女の本家戻りへ帯同しました。

セイが発言を慎む代わりに、自分の思いを発散させたのは、自分の空想の世界に本音を描きこむことでした。例えば、こうです。

「アカリ姫、外に長くいてはお体を冷やします。」

慣れない本家で戸惑いと息苦しさを感じ、たびたび庭に出て一人寂しそうに佇むアカリをみて、セイはそう言いました。

しかし彼の心の中の空想の世界では、セイは寂しそうなアカリを庭の松の木の影で抱きしめ、冷えた体を温めることを口実に唇を奪うという場面が繰り広げられるのです。また、他の場面ではこうです。

「どんな殿方でも、姫を見ればきっと大切にしたくなるでしょう。」

自分がどんな家に嫁がされるか、そこでまた馴染めるだろうか、辛く当たられたりしないだろうかと不安がる彼女に対し、そのような言葉をかけながら、セイの空想の世界では、とっくにアカリを攫い、自分と婚姻をあげるために逃亡する展開になっています。

そんな具合に、理性と誠実さの塊のような男性のセイは、決して身分違いの恋を匂わすような発言はせず、忠実な姫に仕え続けていました。

しかし、セイは気づいていませんでした。

セイが空想の世界でアカリをほしいままにするとき、セイの優しい瞳には、心の中で燃え上がる思いの炎がちらついていたのです。そしてその炎は、次第にアカリも気付くようになり、彼女自身の心の中にも移り火をしていきました。

正しいことをしなければならない。そのように正しく育てられた二人でしたから、アカリがいよいよ嫁ぐとなった時も、嫁ぎ先で夫婦の生活を始めた時となっても、何か表立った行動を起こすことはありませんでした。

しかしその頃には、心の中で燃え上がる炎が、もはや消す術もないくらいに広がり、静かに二人の心の芯の部分に迫りつつありました。炎は心や身を焦がし、幸せな空想の世界を夢見れば見るほど、諸刃の剣のように幸せと痛みに同時に襲われるような状況になっていたのです。

こうなってしまうと、あとは時間の問題です。

伝えてはいけないからと口にしなかった思いは、目に宿る炎となり相手に引火し、相手も同じ炎を抱いてお互いに求め合うようになるのです。人の心や思いは、そういう不思議を孕んでいます。

その後、その二人がどうなったかは、ここでは割愛をいたします。二人が自分たちで灯した心の炎に焼き焦げそうになったとき、おそらくどちらともなく、影響し合いながら投影していた空想の世界の様子を相手に伝えるでしょう。もし、セイが早い段階で自分自身の思いを言葉にして打ち明けていたら、アカリの瞳にセイの炎が引火する前に彼は彼女と引き剥がされていたでしょう。


あなたも「願い」を相手のある願いと、相手のない願いに分けて考えると、叶う確率を上げに行けるかもしれません。

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