8月12日のお話
「都会の夜景は、広すぎて、灯りがありすぎて、少し怖いんよね。」
神戸から東京に引っ越してきて、もう何年も経つのに。私の中の東京に慣れられないその気持ちが、夜景の素敵な高層ホテルのレストランで食事をした後につい漏れ出てしまいました。
一瞬、え?という間があいて、目の前の男性の表情が戸惑いに変わります。私は、またやってしまったと思いながら、綺麗な夜景は好きだし、こんな素敵な場所に連れてきてくれたことは本当に嬉しいという気持ちを慌てて補足しました。
それが、もう2年前の出来事です。
その頃の私は、どうしても東京のことを地元と思うことができずにいました。心を神戸に置いたまま、身体だけこっちにきてしまったような感覚です。
あの時に高層ホテルのレストランに連れてきてくれた彼とは、なんどかぶつかりながらも恋人として今でも続いています。
そして、あの場所は彼が昔から憧れていた場所で、特別なところだったということも、その間に知りました。
そんな場所に対して自分が放った心無い言葉を反省しながら、私は、彼と付き合う時間の中で「私もあの場所を好きになりたい」と思えるようになりました。
私の趣向としては都会や高層階のレストランなどは興味対象外ですが、彼が大切になればなるほど、共感したいと思えるようになるものです。
はじめは、そのレストランに流れている音楽を調べてBGMで聴くようにしたり、ウェブサイト上の写真を検索するなどして、出来るだけ知っている場所にすること、店のエピソードを読んでみたりするところからです。
そうやって知識を増やしながら、彼と一緒の時間で東京での素敵な思い出も増やしました。
一年が経った頃、私はようやく、この人と出会えたから、東京という街も悪くないと思えるようになりました。そして、高層階のレストランからの眺めも「遠くまで知っている場所」として親近感をもって見下ろせるようになりました。
そして2年がたった今、私にとって、あの場所は「彼に似合う彼の居場所」だと思えるほどになりました。つまり、場所のことも、彼のことも、知ることができている状態だということです。
それと同時に、神戸に置き去りにしてしまった心も、ようやく今の私がいる街、東京に、追いついてくれました。ようやく、この街東京でも、私が、本当の私でいられるようになったのです。
このレストランは、2年前と何も変わらないのに、その場所の持つ意味は大きく変わりました。こうして人は変わり、未来に向かって歩み出すのでしょう。
私はふと思いました。
彼のおかげで、私にとってのこの場所の意味が変わったように、彼にとってのこの場所の意味も、そろそろ、変わってくれたら嬉しいな。と。
2020年8月12日