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11月27日のお話

その人が素敵に見えるなら、なぜその人が素敵でいられるのかを考えてみましょう。そうすると世の中のもっと素敵なものを見つけることができます。本日はそう言うお話をはじめます。

これは私たちが暮らす世界とは少し違う世界のお話です。風景や生き物、人間と呼ばれる種族がいることなど、その世界は私たちの世界ととてもよく似ていますが、彼らは何度かの突然変異と文明の入れ替えを経た長い歴史を持っています。

今は一部の人が魔法を使い、多くの人が科学技術を使う時代。人間の居住区にだけ都会の街並みと自然が共存し、その他の大地は荒れ果てている。そんな世界のお話です。

4206年11月27日

太陽が昇らなかった日から、4年半が過ぎました。世界中で流行した不登光症候群(医科学的には全く問題はないのに、さまざまな不調を訴え、しだいに生きることが困難になってしまう恐ろしい病)も「珍しくない精神面の不調」として受け入れられました。対処方法が確立されたためです。それに寄与したのが、コトダマ派の魔法使いたち。彼らは不登光症候群が流行り始めた直後から対処に乗り出し、多くの症例経験を積み重ねました。そしてその活躍が功を奏し、万が一罹患しても、コトダマ派に対処してもらえることがわかると、社会は落ち着きを取り戻して行きました。

以前はマイナーな魔法派閥だったコトダマ派も、最近では志願者が多く、対処できないという初期の頃のような状況も少なくなりました。「新しく見つけた人間の不調に社会環境が整った。ようやくね。」と言っていたのは、その一番の立役者となったヒイズです。彼は、昨年から主な対処は他のコトダマ派の魔法使いたちに任せ、現在は未病のために日々時間を割くことが多くなりました。

「ヒイズさん、こちらです。」

そんなヒイズが今日呼び出されたのは、いつものカリノではなく、昨年コトダマ派の魔法使いにデビューしたダイモンド卿でした。彼のような地位ある人も、自分の今後の能力開発にとこぞってチャレンジするようになるほど、コトダマ派の人気ぶりが伺えます。

待ち合わせ場所で、ヒイズを待っていたのは彼だけではありませんでした。彼の他に、彼よりもヒイズよりも若い男女が、3・4人いるようです。

「本当だ。本当にヒイズが来た。」

ヒイズは、その中の一人が、そう呟いたのを逃しませんでした。その一言で、なるほど、と状況を判断し、ジロっとダイモンド卿を睨みます。

そんな睨みをもろともせず、ダイモンド卿は若い連れたちに戯けて見せました。

「そりゃあ本当ですよ。皆さんに嘘をついても仕方ないって言っていたでしょう。私は本当に、このヒイズさんから、コトダマ派の魔法使いとはなんたるかを教えていただいたんです。」

ヒイズがダイモンド卿と出会ったのっは3年前です。確かにその時、彼の前で魔法の手順を披露しました。そして、その手法について少ないですが議論も交わしています。しかし、それは教えたというより、半分騙されたというか仕向けられたという方が正しい表現です。現にその時はダイモンド卿からはコトダマ派に入りたいという相談を受けたわけではありませんでした。

「あの、弟子は一切取らないというヒイズから。本当だったんだ」

「ちょっと、ヒイズ様、でしょ。ご本人の前よ」

「あ、そうか。ヤバイ。」

ダイモンド卿のそばで、ヒソヒソとそう会話している若者たちに、ヒイズはため息をつきます。

彼と出会ってからしばらく経った頃、コトダマ派の訓練校で「自分が優秀なのは、ヒイズに教えを授かったからだ」と吹聴する人物がいるということを風の噂で聞きました。ちょうどその頃、カリノから、「コトダマ派に憧れるという人々から弟子入りの問い合わせが増えているが何かしたのか?」と聞かれていたこともあり、ヒイズはその原因を突き止めようと噂を辿り、ダイモンド卿に行き着きました。

当時、社会人枠で入学し、数ヶ月で成績トップ、指導教官を問答で負かせることも少なくなかったダイモンド卿は、半分やっかみ、半分尊敬の念を込めて「なぜあなたはそんなに優秀なのか」と問われることが多かったそうです。

その回答に「もっともらしいと思って。」と、ヒイズ直伝を授かったというエピソードを用いていたようでした。当時、すでにヒイズといえば、若手人気ナンバーワンの地位を確立していましたが、後進の育成などには興味を示さないことで有名な人物でした。数ある弟子入りのオファーを(カリノが)断り、地位と資金提供を条件に出す教育施設からの誘いも(カリノが)先送りにし、今は現場にいる、ということを貫く(ことになってしまった)ヒイズでしたので、ダイモンド卿の用いたエピソードは非常に衝撃的だったのです。その時は「でも弟子はもう取らないらしい」と、エピソードに付け加えてもらうことで、ヒイズへの影響を最小化すると言う約束で別れ、そしてその後も、ダイモンド卿がコトダマ派の試験に受かったという連絡を寄越してからは、同士として、年上の後輩として、たまに意見交換をする仲になっていました。

「卿、用件はそのエピソードが真実であると言う証明ですか?」

それならもう済んだようだし、帰りますよ、と言いかけた時、ダイモンド卿が「いやいや、そうじゃないんですよ。場所をうつそう」と提案してきました。

道すがら話を聞くと、ダイモンド卿の用件というのは、自分が弟子として見ている優秀な青年が過労で行き詰まってしまったところを励ましてほしい、というものでした。

「卿、そういうのはカリノを通してもらわないと…(後からばれたら嫌な顔される)」というヒイズに、ダイモンド卿は「いや、カリノさんに相談しても”あなたもコトダマ派のエースなんだから自分でなんとかしないと”って一蹴されたんですよね。」と苦虫を潰したような顔でいうのです。

ヒイズは「言いそうだな。」と思い浮かべ、ため息をつきました。

「しかし、励ますと言っても…何を。」

そう尋ねるヒイズに、後ろをついてきていた若者の中にいた少女が身を乗り出してきてこう言いました。

「あなたのファンなんです。あいつ。」

「ファン?」

「ファンというか、信者みたいなものですよ。」ダイモンド卿がそう補足します。

とても見込みのある子で、真面目で素質もある。しかしどうも思い詰めて頑張りすぎる。今回も、気力や精神力はあるが体力が限界を超えて体を壊してしまった。その行き過ぎる行動の根底には、ヒイズへの憧れが強く原因しているというのです。

「あいつ、シークっていうんだけど。教会で自分の妹をヒイズ様に診ていただいたことがあるみたいなの。」

教会、といえば4202年から4203年にかけてヒイズとカリノが取り組んでいた「貧困層患者のボランティア診療」を行っていた場所です。なるほど、と相槌を打つヒイズに、少女は続けます。

「ボランティアなのに、ここまでしてもらって…と言ったシークの母親に、”僕は、出来ることを出し惜しみしたりしませんよ。”って応えたって。ヒイズが、あ、えっと、ヒイズ様が。」

ふむ。と記憶を探るヒイズと、「ヒイズさんならおっしゃりそうな言葉ですよね。」と相槌を打つダイモンド卿。確かに、言っていたな、とヒイズは思い至ります。ただ少し違う点もあります。

「いつもいうの。シークは。”そのくらいでいいんじゃないの?やりすぎよ”って話しかけるとね、”そのくらいでいいなんてない。ヒイズ様はあんな教会での治療すら、全てを出し切る覚悟でみんなのために頑張っていた”って。」

なるほど確かにそうですが、あの時のヒイズはボランティアではありませんでした。患者たちや教会からの報酬は受け取っていませんが、それは別で、もっとお金に困っていない人たちからもらった分を、そこに充填していました。だからヒイズ自体は全く損をしていませんし、対価はしっかりと受け取っています。強いていうのであれば、その報酬を差配しているパートナーのカリノがどこかで利益を削ったかもしれません。

それが、そういうことを知らない人には、聖人君主のように映るのです。

「他にも、教会の人はみんなヒイズ様のことを”偉い人だから気をつけなさい”っていうのに、実際に本人に会うと全然そんな風じゃなくて、とか。」

「休憩中も、次の患者のカルテをずっと読むほど努力家だとか。」

「患者にもその家族にも丁寧に接してくれるとか。」

少女だけでなく、他の若者たちも口々にシークの”ヒイズ譚”を口にします。その様子に呆気にとられたヒイズを見て、ダイモンド卿は「私のところに弟子入りしてきた理由がわかるでしょう。」と呑気に大笑いしていました。

当のヒイズは、心当たりはあるが、それらの行動が不当に神格化されているような気がして、困ったものだと腕を組みました。

そうしているうちに、体調を崩して寝込んでいるというシークの家に到着しました。確かに、裕福そうな家には見えません。まず出迎えた母親からとても丁寧なお礼と、安定した様子の妹が母親に手を引かれて頭を下げました。確かに、この親子とは会った記憶があります。ヒイズが来たと聞くと、彼は寝床の中で、真っ青な顔をしながらも気丈に笑って見せました。

「師匠、ヒイズ様と知り合いだっていうのは、本当だったんですね。」

彼の第一声は、隣にいるダイモンド卿に向けられたものでした。弟子全員に疑われるまで、ダイモンド卿はヒイズを軽々しく引き合わせたりしなかった、ということがヒイズにも伝わり、それでも呼ばれた今回は、特別に深刻なものなのだろうと気がつきました。

いつものヒイズなら、ここから、一対一で対話を始め魔法を浸透させていくところですが、目の前で弱っている少年に対してそれは難しそうです。対話は意外と体力を消耗します。

それに。

今回の場合は、シークだけでなく、ここにいる家族や仲間全てに必要なことを話さなければなりません。

「シークくん、まずは、僕を目標にしてくれてありがとう。他のみんなも、このままここで、話を聞いてください。」

そう言ってヒイズは、早速、「憧れの人を持つということ」という話をはじめました。

誰かに憧れ、その所業を真似ることは人生のある段階ではとても有効です。普通の人は「人生の参考にする」程度ですが、ある一定の真面目な人々は「真似たい。そうなりたい。」と思ってしまうようです。今回のシークくんは後者の珍しいタイプです。

しかし、真似るならちゃんと真似なければそれは憧れの人とは違う道に迷い込んでしまう恐れがあります。真似るためには、対象を正確に知る必要があるのです。

「シークくん、君は、妹さんの治療のあとも、もしかしたらあの教会に通って来ていたのかな。僕が訪問する日は、もしかしたら必ずと言って良いほど。そのくらい、僕の言葉をたくさん覚えていたみたいだね。」

そう優しくヒイズが話すと、シークは、はい、と返事をして、少し恥ずかしそうに布団を顔まで引き揚げて顔を隠しました。

「すみません。」

布団の中から、控えめな謝罪が聞こえてきます。

「いやいや、謝らなくてもいいんです。そんなに見てくれていたのに、僕は気づきませんでした。こちらこそ、ごめんなさい。」

ヒイズがそういうと、後ろにいた少年の中の一人が「僕も、最後の方はシークと一緒に教会に行ってた!」と申告してきました。なるほど、ありがとう。とヒイズは彼に向かってもお礼を言い、「ではここで質問です。」と人差し指を立てました。

「あの頃、教会で、いつも僕と一緒にいた人がいます。それは、男の人でしたか?女の人でしたか?」

「え?」

その質問に、少年たちはキョトンとし、シークも布団から顔を出して首を傾げました。よくよく周囲を見ると、ダイモンド卿と、シークの母親だけが、「ああ」と思い当たるような顔をしています。

「え、教会の人?それなら、シスターかな、女の人?」

シークは記憶をたぐりながら、そんな風に話しました。

「そうだね。女の人というのは正解です。でも、教会の人、ましてやシスターなんかではありません。不正解。」

ヒイズがそこで言葉を切ると、ダイモンド卿がすかさず言葉を挟みました。

「シスターとは対極の存在ですね、どちらかというと。」

「卿、それをカリノが聞いたら、二度と仕事をもらえなくなりますよ。」

ヒイズがダイモンド卿のおふざけに釘を刺し、さあて、とシークに向き合って言いました。

「シークくんも、他のみんなも、今回、覚えておいて欲しいことがあります。ある人物が、そう存在できるのには、その人の努力や能力だけではなく、周囲の人や環境が大きく影響しているということです。」

そう言って、ヒイズはあの教会での取り組みが、どういう仕掛けで動いていたかを説明しました。ボランティアではなかったこと、その仕組みを考えた人がいて、それを支えた富裕層の顧客がいたこと、そして、教会の人たちのこと。

「教会の方々が、僕よりも僕を大切にしてくれたので、僕は皆さんに優しく接することができました。もし教会の方々が、僕のことを”大した魔法使いじゃないから、遠慮なく言いたいこと言っていいよ”なんて言っていたら、患者の皆さんはきっとクレームやたくさんの文句を僕に言ったかもしれません。そうしたら僕は、治療や対応に集中できず、患者さんにきつく当たっていたかもしれません。」

そして、女の人、という存在についても話はじめました。

「僕にはパートナーがいます。大体彼女に任せていれば、僕はその場で全力を尽くすだけで良い、そこまで信頼できる存在がいるので、頑張れるのです。」

行けと言われたら行くし、やれと言われたらやります。僕に出来ないことはやらせないし、不必要なことは回してこない。そして、彼女に休めと言われたら休みます。どんなにもっとやりたいことがあっても、そうするようにしています。

そこで、ヒイズが、ちらりと少女の方を見ました。

「彼女も一流だから、僕は彼女を信頼しているんですよ。以前から信頼していたわけではないし、そうなるまでには時間も必要でした。」

ここに集まっている若者たちは、将来、ヒイズのようになりたいという意思のある若者です。それであれば、お互いにお互いを支え合えるほどのプロフェッショナルになることを目指さなくては行けません。

「今回、シークくんが体を壊すまで頑張ってしまったのは、周囲に”ブレーキをかけてくれる人がいなかった”わけではなさそうだから、シークくんが”周囲を信頼出来ていなかった”ということかもしれませんね。周囲のみんなも”信頼される仲間とはどういうものか”を意識できていましたか?」

今度はちらりと”師”であるダイモンド卿に目配せをします。

「いやはや、確かにそうです。カリノさんのおっしゃったのはそういうことでしたか。」

彼は恐縮しながら、しかしどこか満足そうに微笑んでいます。おそらく、自分よりも素晴らしいものに出会うことが心底好きなタイプなのでしょう。3年前に出会った時も同じような表情をしていました。

「シークくんも、みんなも、忘れないでください。がむしゃらに頑張るためには、相応の環境整備が必要です。その環境には、絶対的な絆や信頼できる掛け替えのない仲間、同士の存在が含まれています。」

言葉だけを真似ても、車輪の片側だけを回すようなもの。バランスを崩してしまうのは仕方ありませんよ。と。

そういうと、ヒイズはさっさと踵を返し、「では、失礼します。長居しては彼の体によくない。」と部屋を出て行ってしまいました。

ヒイズが出ていく背中を視界に入れながらも、シークはなんだか恥ずかしくて、悔しくて、顔を上げることができませんでした。ヒイズを追いかけて、仲間と師が出て行っても、ずっと沈黙を貫いていました。


それからしばらくして、ヒイズの元に、ダイモンド卿から連絡がありました。「あの時はずっと黙り込んでしまって、お礼も言わず、失礼しましたって。」シークの伝言を伝えるとともに、彼が回復に専念し、最近ようやく元気を取り戻してきたことの報告でした。

「さすがヒイズさんですね。いや、ヒイズさんとカリノさんっていう感じかな。」

「卿の、その飲み込みというか応用力の速さは誰にも負けないでしょうね。」と、軽く反応し、ヒイズは彼にシークへの伝言を頼みました。

「沈黙を破るのは言葉じゃない、行動だよ。」

お礼やお詫びは良いから、あの時に君が沈黙せざるを得なかった感情を糧に、どう成長すべきかを考えて行動した結果で、示してくれたらそれでいいよ。と。

「ヒイズさんは、いつも言うことのハードルが高いですよね。わかりました。私にも言われたと肝に銘じておきますよ。」

「あ、いや、言っておくけどこれは”教え”とかではないですからね。卿、またヒイズから教えをもらったとか、言いふらさないでくださいよ。」

そんな風に二人のコトダマ派の魔法使いは笑いあい、それぞれの思いを胸に、またお互いの役割に戻っていきました。

FIN.

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