8月16日のお話
おそらくそれは、今から3000年ほど前から緩やかに始まっていたことでした。
それまで大地と空、自然の一員として自然の摂理の中で生きてきた人間は、その頃から自分たちに似せた神を作り上げ崇拝し、天地創造を自分たちの都合で物語るようになりました。
当初は崇拝対象は自然と同一であった神々も、いつしか自然とは同一ではない「人工的な神々」に置き換わります。
人工的な神々の代表格、キリストさんは言います。
「人間が科学技術を発達させるためには、どうしても、僕らキリスト教やブッダさんのところの仏教のような一神教の概念が必要でした。」そういうキリストさんに対して、「いや、うちは一神教ではないですけどね。まぁ、一部、自然と一体化していない神っぽい存在を作ったという意味では、カテゴリとして、キリストさんのところと同じです。」と訂正をしました。
つまり、こういうことです。彼らが台頭するまでは、自然と一体化した神の時代でした。雷の神ゼウスさん、海の神ポセイドンさん、炎の神シヴァさん、太陽の神天照さんなどは国ごとに呼び名は違えど、大体どこでも神様として存在しています。
「あの頃は人間たちも可愛げがあったよなぁ。戦の勝ち負けを一心に祈る姿なんて、最近では見かけないし。」とため息をつくのは、軍神マルスさん。「私も最近めっきり狩猟の方の力を使わなくなったから、腕が鈍ってると思うわ。」と賛同するのはアルテミスさん。ただし、彼女は他にも純潔やら月やらと女性的な役割もになっている為、全体的に暇をしているわけではない点は恵まれています。
天界のオンライン飲み会の場では、最近しばしばこのような会話が繰り広げられます。神々の愚痴として多いのが「私たちどんどん必要なくなっているわね」というものでした。
前述の通り、特にキリストさんが台頭してからというもの、人間は、まるで自分たちが創造主にでもならんばかりの勢いで、世界の様々な理を探究し、最近では人類の複製すらも作れるような技術を習得しています。
そんな人間たちの成長の仕方を、神々は悪く思っているわけではありません。「まぁ、私たち自体、人間の発想から生まれた当時の理想の存在だと考えれば、理想に追いつこうとする彼らが私たちと同化するのも時間の問題だというのはわかるわよね。」というへーラーさんの一言に黙するような様子です。
「今後200年くらいだな、人間たちは正念場は。」とへーラーさんの言葉に肯定するような否定するようなどちらとも取れるニュアンスでうまく話題を振り込んだのは、夫のゼウスさんです。そんな彼の投げかけに、神々はうんうんとうなづき、それぞれに思いを巡らせるような沈黙が訪れました。
おおよそ神々が思っていることはこういうことです。
自然の理の中で生きる、つまり生活の多くを自然とともに過ごしているうちは、人間はその理に則って「生きる」だけで問題ありませんでした。しかし、そういう時代は、産業革命が落ち着く1900年頃を境に終わりを迎えます。特に生活するにあたり、身の回りの自然の割合を人工物の割合が超えた人々から、これまで通りの生き方が通用しなくなりました。それから100年以上がすぎ、急激に人工物の割合が8割を超えたような時代となると、人間たちの未来を切り拓く難度はより高くなっているのです。
人間のうち一部の人々は”神の代わりに”世界を作る役割をにない、それ以外の多くの人間は、それまで拠り所にしていた自然と結びつく神々に代る新しい神格を求め、時に人間が、時にデジタル上の偶像が、その対象となる傾向が強まりつつありました。
そんな人間の状況をみて、創造主のヤーヴェさんは楽観的に言います。
「彼らが人間のレベルでどんな世界を作れるか、我々神に並べるかどうか実物だな。」
「世界を作るって、結構先まで見通さなきゃいけなくて難しいのよね。」と天照大神さんがいうと、「そうそう、わたくしたちの苦労をどこまで知っていらっしゃるのかしら。」とアテナさんも同意します。
「もしかしたらですが、人間たちはこれまでの世界を捨てて、新しい電子世界に移行するかもしれないですよ。」と突拍子もないことを言うのは、アフロディテさんです。彼女は植物の神として人間たちの人工物に苔やツタを這わせて森に還す取り組みが、最近のマイブームといっていました。つまり、人間たちが大地を占拠しなくなれば、植物を生やし放題なのになぁという願望からの発言です。
「それなら、大地の上ではまた僕たちの役割もできるかもしれないね」と、馬の神エポナさんは少し嬉しそうに言いました。「動物たちの世界も素敵ね」というのは、猫の神バステトさんです。しかしバステトさんの発言は「猫は人間と一緒に生きる道を選んだんじゃなかったの?」と牛の神のアピスさんが横槍を入れます。
こうしていつも話題がまとまることはなく、天界のオンライン飲み会はまだまだ続きます。この席に、いつかもしかしたら人間が来る日が訪れるかもしれない。そんなことを、皆がちょっと楽しみにしているのは事実です。世界を作れる人間はどこから生まれるか。天界から人間たちを観察する神々の興味は尽きることがありませんでした。