変身のきっかけは自分の外にある
人は変身できない理由付けをすぐに思いつく程度に怠惰だが、外から飛んでくるチャンスに飛びつけば、いつのまにか変身している。
私が思うに、人は怠惰である。自分の中に外に出していない、実現していない人格が存在するとわかっていても、それ全て出せているわけではない。それは仕事や家族や友人など自分の環境にも依存している。自分の中に存在し、外から見えていなかった人格に「変身する」ことが珍しいこと、よいことであるとすれば、これまでの自分をもともと持っていた「別の自分」に変身させることは現状維持を選び怠惰に暮らす中では難しいことだろう。
自分もそういう意味では怠惰だったのだが、最近「変身」した。金融人でDJをする人になった。金融人でDJをする人は複数知っているが、還暦近くになってそれまで趣味でもなんでもなかった人がやり始める例は少ない(やり始めて分かったが、いるにはいる)。高齢女性がDJをやるというテレビ番組を見てはいたが、遠い話だった。
ごく正直に言うが、DJをやることに決める前は、DJがなぜヘッドフォンをつけたり外したりするのか、たくさんのスイッチをいじったり、何を回して調整したりしているのか、まったく知らなかった。また、EDM(エレクトロダンスミュージック)、ハウス、ヒップホップなどもほとんど聞いたことはなかった。自分の音楽の趣味は、90年代のエリック・クラプトンのギターの弾き真似をする程度だったからだ。
還暦間近で降ってきた「変身」のきっかけ
変身のきっかけは、2019年4月ごろ、会社の上司に「DJやってみない?」といわれたことだ。これは大変唐突だったが、理由はこうだ。 私はよく会社主催のイベントでお客様に経済や市場見通しについて解説しているが、その後にその本人がDJのおもてなしをすると、プロでないとはいえ「ウケる」のではないかというのだ。実際に芸能人を呼ぶよりもビジネス・リーズナビリティはありそうだ。自分の中にある能力を考えると出せるものがなかったのだが、二つ返事で引き受けることにした。ここで新しい何かを身につければ、自分の資産になりそうだと判断したからだ。
そこで自費でDJスクールに行くことにした。検索してでてきたのは、「50歳以上で趣味を増やしたい方」でも来て良いと言ってくれるスクールだった。応募した48時間コースの主なスクール生は20代後半の自分でお金を貯めてきているような人たち。スクールの校長には「会社の指示でくる人は前代未聞」と面白がってくれた。
2019年5月から8月までの3か月をかけてスクールの48時間をなんとか修了し、ヘッドフォンのつけ外しの意味、ジョグ※1を回してのキック※2合わせ、PCでの音源管理、EDM、ハウス、ポップスを学んだ。普通免許取りたて状態でスクールのリードで「現場」も少し味わわせてもらい、想定通り会社主催のイベントで数回DJとしての舞台に立たせてもらった。友人のパーティなどでも演じさせてもらった。
そんな中、2020年2月下旬に新型コロナウイルス感染拡大による自粛生活が到来。以来、対面でのイベントはなくなったが、たまに会社主催のイベントで引き続きおもてなし配信を試みている。一方、多くのDJが活躍の場を求めて展開していったさまざまな配信アプリで、新たに学ぶ場も見つけることができた。各種配信アプリでは、普通目にしにくいDJの手元を映してくれることが多い。普通免許の取りたてから脱却できない自分だが、プロの手元をみてエフェクタ※3の使い方など考えている。
かくして、2019年は自分にとって変身の年だった。それまでやるとは想定してもおらず、趣味でもなかったDJをとりあえず人前で披露できるまでになったのは、還暦間近の自分としては「変身」だと考えている。DJ機材に触れるようになっただけではなく、聞く音楽も変わったし、趣味の中にDJを含めるようになり、自分のミックスを車の中で流すようになった。コロナ禍から正常化した暁には、改めて同じフロアで多くの人と音の時間を共有したいものだ。
※1 DJコントローラーやCDJ(DJ用CDプレイヤー)に付いている、大きく丸いパーツ。ジョグを使って曲の速さを微調整したり、スクラッチをしたりする。
※2 曲のバスドラム部分。
※3 DJプレイ中に流している音源に対して、エコーなどの特殊な効果をプラスする機能。
#日経COMEMO #あなたが変身した話 ♯人生100年時代