凹んでいても進むしかないのです
ひとつ前の記事ではとても前向きなことを書いておりましたが、現実は凹み続きです。
今朝、去年のものを飲みました。
昨年も春に試行錯誤を繰り返し、出来の差は激しかったですが、いくつかいいものが出来ていました。
よかったものは春にもうなくなってしまい(少し販売もしました)、そこそこの△を付けたものが秋頃残っていて、その中にあれ、悪くないぞ?というものを発見。
再度火入れを行いました。
火入れによって奥にある香りを引き出せるというようなことがあるからです。
すると、いい茶葉に生まれ変わりました。
ただ、この火入れも手探りでした。
偶然、うまくいったのです。
もちろん、元々の茶葉のポテンシャルも高めだったのでしょう。
このお茶はSunday Market CiBOの茶茶茶の際お出しして、今まで国産烏龍茶で美味しいと思ったことがなかったけどこれすごく美味しいです、と言ってくださった方がいたもの。
今朝飲むと、
うまいーーーー!!
桃ぽい香りを奥に感じる。
正直かなり美味しかった。
でも、去年これ△を付けていたんです。(火入れ前)
去年◯を付けたやつ、どんだけ美味かったんだ…(もう忘れた)。
ただ◯を付けたものは仕上げがあまく、酸化しやすい欠点があったため、時間が経つと素晴らしさがなくなってしまった残念な結果のものもありました。
これは今年また苦戦している私にとって、またしても凹む要素となり襲いかかるのでした。
去年よりある程度理解できていることもあるはず…だったけど、今年これは美味しい!と思うものがまだできていません。
昨日作ったものも、悪くはない出来でした。
でも、悪くないということです。
よくはない。
今年は去年より大失敗はありません。
まずいと思うものもありません。
が、美味しいがない。
そして今朝の去年の美味しいお茶の打撃です。
煎を重ねても衰えぬ美味さ。
なんなんだこれは一体。
今日時間あれば、いくつか火入れを行ってみたいと考えています。
ただ火入れも理解できているわけではありません。下手すると大失敗に繋がります。
それも含めて実験の年ではありますが、やはり失敗に終わると凹みも相当で、立ち直りに時間がかかるのです。
今でさえ、挑戦は続けていますが、去年は大失敗もあったが成功もあり、その成功がモチベーションになっていました。
今年は全部そこそこで、正直結構凹んでいます。
去年の茶葉、あとほんの少しだけあるので、今年の飲み比べ会でもお出ししたいと思っています。