本と読者と編集者(三訂版)
(2004/11/03記、2006/08/16追記)
出版社にはそれぞれ社風があり、編集者には得意分野や担当している著者群などのはっきりした個性がある。
ゆえに、すべてがツボにはまると「ある出版社の本を手にすると、どれも担当編集者が一緒」という事態が起こる。
もう二〇年くらい前になるが、筑摩書房の本を買うとかなりの確率で湯原法史さんか、福田恭子さんの担当という時期があった。
田中明彦さんの『ワード・ポリティクス』のように「あとがき」まで福田さんの担当であることに気づかないこともあれば、水谷三公さんの『丸山真男』のように、きっと湯原さんだろうなぁ、と思いつつ読むこともあった(実際そうだった)。
よほど問題関心が近かったのだろう。そうなると、不得意分野や初めて接する著者の本でも、「あとがき」に二人の名前が挙がってさえいれば(信用して)買ってしまうようになる。
今も私には、中央公論新社(松室、白戸、田中、上林、吉田)にも有斐閣(岩田、岡山、四竃)にも講談社(横山、堀沢)にも東洋経済新報社(渡辺、矢作、佐藤)にも岩波書店(上田、古川、伊藤、猿山)にも医学書院(白石)にもミネルヴァ書房(田引、堀川)にも東京大学出版会(黒田、山田)にも勁草書房(上原)にも日本経済新聞出版社(堀口)にも、そういう相手がいる。
長い付き合いの友人もいれば、何故かすれ違い、面識のないままという人もいる。でも私は彼ら(彼女ら)の仕事に常に注目しているだけでなく、結構深いシンパシーを抱き続けているらしい。不思議なものだ。
いつごろから書籍と編集者の関係を意識しはじめたかつまびらかでないが、その走りも筑摩ではなかったか。
確か、心の底からすごいとうなった本が、二冊続けて谷川孝一さんという編集者の担当だったのがきっかけである。
原暉之さんの『シベリア出兵』と亀山郁夫さんの『破滅のマヤコフスキー』(ともに筑摩書房)を読み、双方のあとがきに谷川さんへの謝辞を発見したときは、この見知らぬ編集者に畏敬を抱いたものだ。
のちに、湯原さんとは二〇〇二年のサントリー学芸賞授賞式で、福田さんとは猪口邦子さんが国連軍縮会議の日本政府特命全権大使として出発される際の壮行会で、知遇を得ることになる。
そして谷川さんとは、筑摩をリタイヤされたのち、フリー編集者としてお会いすることになった。
そればかりではない。自分が担当する書籍のいくつかをお手伝いいただく光栄に恵まれたのである。私はNTT出版の編集部にいる間、氏の手が入った校正紙や組版の指定紙を常に傍らに置いていた。
フリー時代が長かったため編集者としての基本的なトレーニングを受ける機会を得ず、甘えたり頼みにできる社内の先輩を持たなかった私にとって、氏の編集術の一端に触れることが出来たのは本当にありがたいことだった。
そんな具合で、私には担当書籍を通じて私淑している先輩同輩後輩が大勢いて、パーティや研究会でそうした編集者とお目にかかると、うっかり「あぁ、お名前はかねがね」などと口走ったりする。
だが、私のことなど知らない相手は、大抵うさんくさそうな顔をする(笑)。
あくまでも本は著者のものだ。しかしどこかに必ず編集者の姿も写す。私はそこを読む。人柄も顔も関係なく、作ってきた本だけが語る、その人の個性と技量と情熱を…。
読書術としてはどうかと思うが、世に一人くらいこんな読者がいたっていいだろう。
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