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アメリカよ、君はいずこへ…

(2024/04/10記)

 2024年は、近年まれに見る世界的選挙イヤーです。

 1月の台湾を皮切りにインドネシア(2月)、ロシア(3月)、メキシコ(6月)が総統・大統領選を迎え、韓国(4月)、インド(5月)、EU(6月)では国や地域の舵取りに影響を与えるであろう国政選挙が行われます(日本でも秋口に総選挙の可能性があります)。

 なかでも国際社会の趨勢を大きく左右する可能性が高いのが、11月の本選を前に、現在予備選まっただ中の米国大統領選挙です。

 しかし、来年2月、大統領として宣誓をおこなっているのは、おそらくドナルド・トランプ、その人でしょう。

 メディアでは「もしトラ」が大流行。返り咲きが見えてきた以上、もしトランプ氏が大統領に再選されたら米国は……と考えをめぐらせておくことは、前回の政権に散々振りまわされた同盟国日本として必要不可欠な思考実験と言えます。

 まず、そもそも米国という国がなぜ自由民主主義・大統領制を奉じ、合衆国という現在の形に収まったのかという点を、今一度整理しておきたいところです。

 この作業には、西山隆行さんの『アメリカ政治講義』(ちくま新書・902円)と岡山裕さんの『アメリカの政党政治』(中公新書・968円)という素晴らしい道連れがいます。

 いずれも歴史と制度とその背景にある文化の問題にも筆が及んでおり、とくに日本とはまったく実態が異なる、米国の「政党」についての解説は熟読をお願いしたいところです。

 政党といっても自民党くらいしか具体的なイメージを持たない日本人が、共和党や民主党のありかたをどれほど誤解しているか。そのことが米国政治の見方をゆがめている可能性に驚くことでしょう。

 続いて、米国の大統領には一体何が出来て何が出来ないのか、大統領による統治とはどのように動作するのか、確認しなくてはいけません。

 久保文明さんたちのまとめた『アメリカ大統領の権限とその限界』(日本評論社・2970円)は、憲法における規定から実際の大統領の政務にまで注意深く目配りしながら、建国以来、大統領権限がどのような問題に直面し、どのように変化し、どのように行使されてきたのかを、パリ協定離脱といったトランプ氏の所業をはじめとする数々の事例と共に教えてくれる、読み物としても面白い一書です。

 待鳥聡史さんの『アメリカ大統領制の現在』(NHKブックス・1540円)は、トランプ氏が政権に就く前年の2016年刊行ですが、トランプ「前後」の状況の変化が著しいため、早くも古典としての価値を帯びはじめています。

 同書が提示した制度改革の可能性が、なぜ潰えたか考えることには、じつは「もしトラ」後を考える上で大きな意味があります。

 パーソナリティという点だけ見れば、米国大統領の歴史の中でトランプ氏は確かにイレギュラーな存在でしょう。しかし、その当選は、当初思われていたほど意外なことではなく、現在では、むしろ長年にわたり準備されてきた必然だったと考えられています。

 その過程をたどるには、西川賢さんの『分極化するアメリカとその起源』(千倉書房・4400円)とフランシス・フクヤマの『リベラリズムへの不満』(新潮社・2200円)を順にひもとくと良いでしょう。

 かつて共和党は、今からは信じられないほど中道的、リベラルな路線を歩んでいました。しかし、中道路線を歩んで2期8年の政権を全うした第2次世界大戦の英雄アイゼンハワー以後、二度の大統領選でよりリベラルな政策を掲げる民主党に惨敗した共和党は、それまでと同じ中道路線を選択して敗れ去った候補たちに見切りをつけることになります。

「民主党に対抗し、国民の支持を取りつけるにはリベラルの対極に立つ、力強いリーダーを選ばなくてはならない」と。

 その方向性のひとつこそ保守化であり、後のニクソン政権、レーガン政権、ブッシュ政権だったのです。それはやがて共和党内からゆるやかに中間層や穏健派と呼ばれる勢力を衰退させていき……。

 一方、カーター、クリントン、オバマ、とリベラル派のリーダーを大統領の座につけた民主党でしたが、普遍的価値として長くその支持の拠り所としてきたリベラリズムが2010年代に入り急速な地盤沈下を起こし、2016年にトランプ大統領の誕生を許すことになります。

 冷戦が終結した1992年に『歴史の終わり』(三笠書房)を刊行し、ソ連の崩壊によって「最良の政治形態は何か」というイデオロギー論争に決着がついた(歴史は終わった)と述べ、民主主義(リベラル・デモクラシー)の勝利を宣言したフクヤマは、リベラリズムの退潮に強い危機意識を持ち、なぜ人々が背を向け始めたのか分析していきます。

 キーワードは寛容です。

 こうした動きの全体像をつかむには、政治指導者たちが自身の支持者以外への説得を放棄してしまう風潮や宗教、BLM運動、不法移民などの分野で先鋭化する対立が、分極化の結果であると同時に新たな原因となって断絶を深めていく様子を検証した、久保文明さんたちの論集『アメリカ政治の地殻変動』(東京大学出版会・5060円)という見取り図があります。

 いずれも病巣と呼んで差し支えのない根深い問題で、その淵源にはフクヤマのいう「寛容」の消失が潜んでいるように思われます。

 では、寛容が失われていく世界(米国)で、人々は次々に現れる指導者たちの姿をどう受けとめ、彼らに何を望んだのでしょうか。

 それぞれ手法は異なりますが、コーツの『僕の大統領は黒人だった』上下巻(慶應義塾大学出版会・共に2750円)、ヴァンスの『ヒルビリー・エレジー』(光文社文庫・1320円)、鈴木一人さんたちによる『バイデンのアメリカ』(東京大学出版会・2750円)は、オバマ、トランプ、バイデンという直近の3人の大統領を理解する上で、参考になるところの多い書物です。

 コーツ書は、史上初の「黒人」大統領にどれほどの期待が寄せられたかを、米国でアフロアメリカンが歩んだ苦難の歴史を踏まえて描き出します。期待は時に失望を生み、やがて怒りに変わります。

 コーツが本書を通じて如何なる結論に至ったか、ぜひそのトランプ評を読んでいただきたいと思います。

 ヴァンス書は、予備選の頃には泡沫候補とされ専門家たちがダークホースにも挙げなかったトランプ氏が一体なぜあれほどの強さを発揮して大統領候補となり、本命視されていたヒラリー・クリントンを破ったのか、という謎に、その支持者たちがどんな人たちだったかを描くことで答えます。

 社会的資本やコネクションをもたず、容易に抜け出すことのできない負のループに沈むヒルビリー(東海岸のエスタブリッシュ層によってもたらされた米国の繁栄から取り残された白人)たちがトランプの登場に熱狂した理由を知ると、そのエレジー(哀歌)が胸に迫ります。

 ただし、そのことをもって為政者としてのトランプ氏を評価するわけにはいきません。トランプ支持者の中に飛び込み、米国で1年におよぶ参与観察をおこなった横田増生さんの衝撃的ルポルタージュ『「トランプ信者」潜入一年』(小学館・2200円)のような補助線は必要でしょう。

 鈴木書はサブタイトルともなっている「その世界観と外交」から、バイデンという戦後米国のリベラリズムを体現してきた人物の実態に迫ります。

 同じ民主党リベラルのオバマがイラクに軍事介入せざるを得なかったように、バイデンも任期中、不幸にしてロシアのウクライナ侵略や中国の軍事的拡大に直面し、おそらく信条的には望んでいないであろう政策を打つことになりました。

 そうした背景については峯村健司さんたちの『ウクライナ戦争と米中対立』(幻冬舎新書・1210円)が詳しく描いています。

 現職大統領とは言え、今回の選挙では史上最高齢の大統領候補となる可能性が高いだけに、トランプ氏に勝利することは難しいとされる現状で、そうなれば二度のトランプ政権に挟まれた大統領として政治学的検証の対象となるはずです。そのとき鈴木書は得がたい同時代的資料と分析になるでしょう。

 深刻化し打開の方途の見えない米国のイデオロギー対立。再びトランプ氏が大統領となることで、そうした傾向は一層顕著なものになる可能性があります。その先に待つ未来に不安を覚えずにはいられません。

 内戦研究を専門とする国際政治学者ウォルターが描き出すのは、今のところ最悪と言ってもよいシナリオです。

『アメリカは内戦に向かうのか』(東洋経済新報社・二六四〇円)は、第2次世界大戦後に勃発した様々な国家・地域の事例と、現在の米国を比較し、彼の国が内戦へと近づきつつあると結論づけました。

 内戦なんて、先進民主主義国には関係ないと思い込んでいる私たちも、民主主義を担保するとされる選挙が派閥の形成を助長し、かえって分断を促進すること、市民の分断や対立を政治資源にしようとする勢力にとってSNSが有力なツールとなっていることなどを指摘されると、二の句を継げないところがあります。

 我らが同盟国の不確実な未来を覗き込んで沈鬱な気持ちになりそうなとき、いくつか思い出す名前があります。

 研究者でありながら外交の現場にも立った経験を持つ阿川尚之さんは『どのアメリカ?』(ミネルヴァ書房・2680円)で、「矛盾と均衡の大国」に残された可能性を探り、日本における米国政治研究の一つのピークとも言うべき斎藤眞さんは『アメリカを探る』(みすず書房・6060円)で、建国前後の米国史を振り返って政治と宗教の関わりがその後の国家、議会、大統領制度やその運用、外交・内政にどんなインパクトを与えたか解き明かし、黒人史研究の泰斗・猿谷要さんは書籍のタイトルで『アメリカよ、美しく年をとれ』(岩波新書・770円)と長らくつきあってきた友人・米国にメッセージを送りました。

 そして2022年、55歳の若さで鬼籍に入ってしまった中山俊宏さん。

 国際政治学者として米国研究者として、刻々と変貌を続ける巨大な理念の国と向き合い、オバマ、トランプ、バイデンという3人の大統領と最期の瞬間まで切り結んだ思索は『理念の国がきしむとき』(千倉書房・3960円)にまとめられています。

 彼は誠実で、知的で、タフで、メディアや国際会議や政策提言の場で驚くべき活躍を見せていました。日本人、米国人の区別なく、彼の言葉には誰もが耳を傾けました。

 今こそ中山さんの分析を聞きたい、そう思わずにいられない気持ちで米国、そして大統領選の行方を眺めています。

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