英国流離譚:人生を変えた留学:日本留学準備編(4)2000年3月10日(金)ブリティッシュ・カウンシルに行く。
午後2時くらいだっただろうか。東京飯田橋のブリティッシュ・カウンシルに到着した。ここの英国大学入学予備コース(British Universities Placement Scheme=BUPS=当時)の入学説明を聞くためだった。
2階受付へ行き、BUPS担当の方を呼ぶ。事務所の奥から担当のSさん(仮名)が出てきた。
「おまたせえ~、しましたあああ~」
なんかけだるい、やる気なさげの人だった。受付の前の応接でコースの説明を聞く。4月スタートで10週間、週5日、朝9時から夕方4時まで英語漬けの集中コース。
基本的な英会話と文法、アカデミック・ライティング、IELTS試験対策、イギリス文化、などの授業がみっちりある。
その上、週に1回与えられたテーマでプレゼンテーションをやる。
コース最後の日には、同じ学問分野の生徒が集まって、テーマを決めて、コースの最後の日に研究発表を全員の前でやるという(私の場合・政治学・国際関係論のグループに入ることになる)。
さらに、大学への入学願書の書き方の指導も受けられるとのこと。コース中に大学に願書を出して、入学を決めてしまうところまでやる。
極めつけは、朝9時にブリティッシュカウンシルのビルディングに入った。夕方コースが終ってビルから出るまで、一切日本語禁止とのルール。英語教師とのやり取りだけではなく、日本人職員との事務的なやりとりも英語でしなければならないというルールだということだった。
結構きついな、というのが話を聞いた感想だった。
しかし、今3月で、10月にはもうイギリスに行って大学院に入っていなければならない。これくらいやらないと間に合わないだろう。
授業料もちょっと高いが、迷っている余地は自分にはなかった。Sさんがやる気なさげに言った。
「いかがなさいますかあ~?」
即答した。
「ええ、入学します」
「ではあ~、レベル別のクラス分けしますのでええ~、試験を~受けていただきたいのですがあ~。IELTSの同じ形式のものでええす。来週火曜日、3月14日にい~来ていただけますかあ~?」
「はあ。し、試験ですか」
外国の大学院へ行こうとしてるんだから、語学学校のレベル・チェックの試験でびびってるようではしょうがないのだが、正直びびった。
事実上大学入試以来、英語から離れているようなもんだった。その間13年間。会社で一年だけ貿易の仕事はやったけど、東京本社勤務だったしほとんど英語を使ったとは言えなかったし。。。
「最低最悪のレベルです」とか言われたらどうしよう。。。。
なんとも頼りなかった。
家に帰って親父に電話した。いや、事前にブリティッシュ・カウンシルに行くことは言ってあったのだが、実際にBUPSコースの話を聞いて、通うことを決めたので報告した。
「なんでも、前に向いてすすむなら、ええわい」
親父の短い言葉だった。
3月14日(火):クラス分けのための英語力認定テスト
午後1時にブリティッシュ・カウンシルに行く。そう、BUPSコースのクラス分けのための、試験を受けるためだ。
試験は、IELTSと同じ形式だった。
IELTS=INTERNATIONAL ENGLISH LEARNING TESTING SYSTEM。イギリスを中心にした、英語圏での国際英語能力テストである。
リスニング、リーディング、ライティング、スピーキングの試験がある。
9点満点で5点が英検準1級レベルと言われている。
大学院に入学する場合、政治学など社会科学系では平均6-7点必要とされる。
別室に通され待っていると、まずはSさんが来た。相変わらずやる気なさげだ。
「では今からリスニング、リーディング、ライティングの順にやりましょ~う。時間は各30分ですぅ~」
通常のIELTSはもっと長いのだが、今回はIELTSに準ずるがしかし、簡便な試験であった。
最初にリスニングだった。
「それではあ~、はじめましょお~」
Sさんがカセットデッキのスイッチを入れる。英語が聞こえてきた。それを聞いて、手元に渡されたペーパーの問題に答える。なにやら学校の事務所に行って手続きをしているシチュエーションなのだが、
「xxxxxxxxx」
。。。。。な、なにを言っとるのか、さっぱりわからん。。。
カセットから流れてくる英語がなんにもわからんのだ。それで、問題をじーっと見つめていると、もう次の問題が始まっている。
。。。。。。し、しようがない。てきとうに答えを書かなければ。。。
とにかく埋めた。
あっという間にリスニングが終わり、リーディングになった。私はすでにあまりにリスニングができなかったことで、やる気を消失してしまっていた。
さて、リーディングだ。文章を読む。ほとんどがわからん単語だ!
どないすんねん。。。。
また適当に答えを書いた。
あわわわわ。。。。。。
ライティング。
問題を見る。頭では答えは浮かぶ。しかし、もちろんそれは日本語だ。
それをどう英語にせえっちゅうねん。ぬおぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~とイライラしてるうちに終了。
「終りましたかあ~」
「はあ」
担当の方に回答を渡した。
「それではあ~、スピーキングなんですけどお~、
ジョーていう先生が来ますのでえ~、少々おまちくださあ~い」
そういい残して担当の方が出て行って数分後、
そのジョー(仮名)なる先生がやってきた。
「ハロー!」
。。。。はいいのだが、で、でかい!こ、こわい!!
なんか、ものすごいでかくて、迫力のあるブリティッシュ女が現れた。
「xxxxxxxx」
なんか言ってるのだが、さっぱりわからん。
それ以前に、すでに意気消沈しているところに、あまりにもおっかない女が現れたので、もうびびってしまって、ほとんどなんもしゃべれんかった。
(ちなみに、ジョーの英語は最後まで聞き取るのが難しかった。
いったい彼女の英語はどの地方のなまりだったのだろう???)
あえなく、全試験終了。。。。。とほほほ。
応接で待っていると、Sさんが来た。
「試験のお~、結果なんですけどお~IELTS相当で4.5点です」
「これですとお~、だいたいBUPSコース終るときには1点くらい~、点数があがりますのでえ~、5.5点くらいになると思いますう~」
「これだとお~、BUPSの一番低いレベルのクラスに入ってもらうことにい~、なりますう~」
「大学院に直接入学するのはあ~、無理だと思いますう~。英国の大学の大学院準備コース(POSTGRADUATE FOUNDATION COURSE)に1年間入ってから大学院を目指していただくことになりますねえ~」
実に淡々と説明してくれた。
私は実に絶望的な気分だったのだが。。。。。
こんな、絶望的なスタートだったが、ともかく、4月からブリティッシュカウンシルのBUPSコースに通い、英国留学を目指すことになった。
(尚、この話は2000年3月当時です。「留学情報」としての価値はありません。留学を取り巻く環境も、留学の手続きも今は全く違います。あくまで、筆者の昔話であることをお断りしておきます)。
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