(総選挙4)海外メディアへのコメント:与野党伯仲で安全保障政策は前進する。
さて、この総選挙でも、海外メディアの取材をいくつか受けました。AFP通信のビデオインタビュー。ウェブサイトに公開予定。ロシア国営新聞。すでに記事が公開されているのは、South China Morning Post(香港)。
海外メディアは、主に総選挙後に安全保障政策・外交政策が変化するのかに注目しているように思う。特に石破氏の持論「アジア版NATO」がどうなるのか。そこに質問が集中する。以下、South China Morning Postの取材の全体を日本語訳するのを中心に、日本の安全保障を考えてみたい。
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1) 自民党の過半数割れ、石破内閣への支持率の低さ(28%)、公明党への依存の可能性により、石破氏の防衛・安全保障政策が推進されない可能性があると思いますか? 最も影響を受けると思われる政策はどれですか?
総選挙で自民党(以下、自民)が過半数割れし、立憲民主党(以下、立民)などの野党が議席を増やしたとしても、日本の安全保障政策は恐らく変わらないだろう。
まず、石破茂首相は「アジア版NATO」構想を封印している。石破内閣は岸田文雄政権の安全保障政策を基本的に継続する方針を表明している。これは自民全体も支持している。さらに、公明党も岸田政権以来の安全保障政策に同意している。総選挙後もスタンスを変えることはないだろう。
さらに、立民の野田佳彦代表も安全保障政策については岸田政権の政策を基本的に継続する旨を表明している。野田代表は、自民との総選挙において安全保障政策を争点にしていない。
仮に総選挙で立民が議席を伸ばしたとしても、野田代表が石破首相に安全保障政策の修正を迫ることはないだろう(財源については、防衛増税に反対。おそらく選挙後は「防衛国債」を主張し、政策の修正は迫らない。そして、そもそも防衛国債は安倍元首相が主張していたことである)。
2)石破首相は、就任後初めての衆議院本会議での所信表明演説で、「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と述べ、日本の防衛力を強化する方針を打ち出しました。来週、自民が過半数割れした場合でも、この方針は変わらないのでしょうか?
仮に自民が総選挙で過半数割れしたとしても、石破首相が公約した「安全保障能力の強化」の方針は変わらないと思う。
その理由は2つある。
まず、最初の質問でもお答えしたように、立民の野田佳彦代表も日本の安全保障環境の悪化を認識している。野田代表は現実的な安全保障政策のスタンスを取っており、岸田政権からの安全保障政策の継続を訴えている。選挙後に石破首相が弱体化し、野田代表が強くなったとしても、「安全保障能力の強化」という政策は変わらないと思う。
もう一つの理由は、高市早苗氏の存在だ。総裁選で2位となった高市氏は、総選挙でも自民党応援の遊説を数多くこなし、依然として人気が高い。総選挙で自民党が過半数割れをすれば、党内で高市氏への期待が高まるかもしれない。
タカ派・保守派として知られる高市氏が政治的な影響力を強めれば、石破政権は「安全保障能力の強化」はより強く推進することになるだろう。
3)その他、コメントがあればご記入ください。
総選挙後、安倍政権のような与野党が激しくぶつかり合う政治から、与野党が中道の右と左となり、穏健な議論で政治を行うスタイルに変わると思う。
石破首相と野田代表は、1990年代に政治改革を実行しようとした若手政治家であった。その後、所属政党は分かれたが、政治的な志向性は非常に似ている。両氏はともに現実主義の政治家である。
日本の政治の歴史を振り返ると、安全保障政策をめぐって与野党が対立し、合意形成ができないというケースは数多くある。しかし、中道保守という共通の基盤を持つこの2人のリーダーであれば、政策を議論し、決定することができるだろう。
(追加の取材で)
石破首相のアジア版NATO論は海外でよく取り上げられる。しかし、私は石破首相がそれを実現しようとしているとは思わないし、実現する可能性もないと考えている。
むしろ、石破内閣の下で、岸田前首相が決定した防衛予算の倍増や米国との安保関係強化が推進されやすい環境が整っていることに注目すべきである(それが、野党の主張で「防衛国債」となるとしても)。
なぜなら、中道右派の野田佳彦氏が民主党の代表となったことで、与野党間で安全保障政策について協議することが可能となったからだ。
すでに述べたように、総選挙後、石破氏が弱まり、野田氏が強くなったとしても、安全保障政策の推進においては協力することになるだろう。
この日本の政党政治における安全保障政策に関する変化は、私見では、石破氏の持論であるアジア版NATOの動向よりも重要である。
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さらに追加取材を受けましたが、それは日曜日に記事が公開されるそうなので、それ以降にnoteに記します。
私は、以前から、このような持論を持ってきた。
上久保誠人(2017)「「安全保障法制」の政策立案過程 : リベラルが進める日本の安全保障政策」『政策科学』24-4.
この論文で主張したのは、安全保障政策とい う「国論を二分するような難しい政策課題」は、それが「安定性多数を確保する政権より も、第一党が過半数を持たない連立政権か、与野党伯仲状態で実現してきた」ということだ。
国会で与野党の議席数に大きな差がある時、野党は存在感を示すことが難しい。また、近い 将来の政権獲得という「権力」を意識することもなく、与党に協力する動機づけを持つのは難 しい。ただ、次の選挙での「生存」のために、与党の政策について、徹底的に反対することで 目立とうということになる。
これに対して、与党は野党の反対が大きい時に安全保障政策を無理に進展させようとはしない。かつての軍国主義に対するトラウマがある日本国民は安全保障に関して強引なやり方を好まない。自民党は支持率低下によって、次の選挙で議席を減らすことを恐れるので、安全保障政策で無理をしない。
一方、国会の議席数が与野党伯仲すると、野党は政権奪取という「権力」を意識するようになる。政策については、絶対反対ではなく、政権運営する時のこと考えて、現実的な対応を模 索するようになる。与野党間に話し合いの余地が生まれて、政策が前進することになる。
事例も挙げているので、ご興味あれば読んでいただければいいが、かつて、社会党・村山富市政権が、発足と同時に社会党の「憲法観」「安全保障観」を躊躇なく投げ捨てたのは極端な事例(笑)。
この論文後の話だが、圧倒的な多数派を形成し、「一強」と呼ばれた安倍政権が、意外なほど憲法改正も安保政策も前に進まなかったことは記憶に新しい。
岸田内閣の防衛増税も、あのままでは支持率低迷で前に進めそうになかった。
いずれにせよ、久しぶりに与野党伯仲となれば、与野党が安全保障で穏健な議論でコンセンサスを形成できる状況が生まれるのは興味深いように思う。
結論的には、与野党伯仲で、国際社会における日本の指導力の低下を、海外メディアは注目しているが、国内政策はやや論争になり混乱するかもだが、外交・安全保障については、野田代表がそんなに批判的なスタンスにはならず、むしろ与野党で大きな多数派が形成されるイメージで、日本のプレゼンス低下にはならないと考えている。
そういう野田代表の「安定感」ある姿勢が、サイレントマジョリティの静かな「信頼感」を得ているのが、立民優位な情勢につながってると思うんですよね。