「おじさん構文」はどこから来たのか
2021年9月27日、ラーメン評論家を自称する人の文章が話題になり、顔文字やノリツッコミをしつつ自分の責任を「あれは冗談だよー」と図々しく回避しようとする文章が悪い方向で話題になり、それが典型的な「おじさん構文」というだけではなく、むしろ80年代のタウンやファッション誌で流行った文章である、その本流は椎名誠のエッセイの口調や橋本治の桃尻文体からじゃないか、という話題が出まして。
それを元につらつらと妄想した内容をTwitterに書いたんですが、ちょっと言葉が足りない部分もあるんでリライトついでにまとめたのがこの文章というわけです。ハイ。
そこでちょっと考えると、多分、大元は紀貫之(土佐日記)からはじまり、谷崎潤一郎を経て宇能鴻一郎経由で出てきて、氷室冴子と新井素子という「大ヒント」を得て今にいたる「男性作家がアニマ(哲学用語・男性の中にある理想の女性像のこと、女性の場合はアニムス)を使う文学」と勝海舟の父小吉の「氷川清話」から始まって寺田寅彦、内田百閒、宮武外骨などの文学者、新聞関係者、さらに古川緑波などの芸能人本を経由し、植草甚一を核に、1950年代末~70年代に小沢昭一や永六輔を経て椎名誠にいたった「普段着のエッセイ文学」の文脈二つが合わさったものを雑に真似た、80年代のナンパ雑誌、ファッション誌やタウン誌の記事の口調にその流れを見いだすことが出来るんじゃないかと妄想が膨らんだわけです。
で、ここから先はちょっとした余談です。かなり文章としては長く、あっちへ行きこっちへ行きしますんで、暇つぶしには丁度良いと思います。興味のある方は是非お買い上げを。
さて、宇能鴻一郎という人も解説が今や必要ですね。もともとは純文学の人で芥川賞を受賞した日本版「白鯨」とも呼ばれる、「鯨神」を書いた人でも有ります(※後に同タイトルで映画化)
元々その官能的な筆致に定評のある人だったのですが、ある日、急に作品の舵を切って官能モノに専念するようになりまして。
その時に革命的なことを起こします。
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