【連載小説】『平凡な少女のありふれた死に方』第8話
住野さんは文演部に入ってきた唯一の後輩だった。
毎年四月はどの部活も新入生を獲得するため、積極的な勧誘活動を行っている。全校生徒の数に対して部活の数が多いため、気を抜いていると一人も新入生が入らないということになりかねない。だからそれぞれビラ配りをしたり、体験入部を促して囲い込みを行ったりして、何とか部員を獲得しようと動いていた。
しかし文演部は全く勧誘活動を行わず、浮足立っている雰囲気の部室棟の中でいつもと何ら変わらない日々を過ごしていた。
「このままだと誰も入ってくれないんじゃないですか?」
四月も半ばに入って、大半の生徒が自分の所属する部活を決めつつある。それなのに文演部には未だ新入生は一人も来ておらず、部室棟が最も活気づく季節とは思えないほど落ち着いていた。
その日は『本作り』もなく、部室に集まって各々が好きに作業をしているだけだった。そんなそれならせめて呼び込みでもしてみれば興味を持ってくれる人もいるだろうに、誰も外へ行こうとしない。
「まあここは基本的に、来る者拒まず去る者追わずだからね」
三年生が卒業し、新たな部長となった白坂先輩も悠長に待ちの姿勢を貫いている。ただでさえ活動内容のよくわからない部活なのだから、積極的に広報活動を行った方がいいのではないかと思うけれど、逆にそんなにがんばっても変わらないということなのだろうか。
「本当にこの場所を求めている人は、案外ちゃんと来てくれるものなんだよ。実際、君もそうだったろう?」
僕は強引に連れてこられただけだったような気がするけれど、このやり方で部活自体はずっと続いているわけだから、そんなに無理をすることもないのかもしれない。
「ほら、ちょうどいいタイミングで来客だよ」
ドアをノックする音が聞こえ、一番近くにいた僕が出迎えに向かう。
「あの、入部希望で来たんですが……」
そこにいたのは、小柄で内気そうな女の子だった。目の前に現れた僕に少し驚いた様子で身を縮めながら、必死に絞り出したような小さい声でそう言った。
長い前髪が俯きがちな顔にかかって目が隠れていて、上手く表情が読み取れなかったが、声を震わせて緊張しているのはわかった。僕はなるべく怖がられないように柔らかい声で応対し、部室の中へと招き入れる。
「ようこそ、文演部へ! 私は部長の白坂奈衣。よろしく」
白坂先輩は怯えた小動物のような彼女に対し、ずかずかと土足でそのテリトリーに入っていく。
「……あ、はい。一年の住野詩織です。よろしくお願いします」
僕たちもそれぞれ自己紹介を終えると、住野さんもだいぶ緊張が解けたのか、落ち着いた様子に変わっていた。距離の詰め方が独特な白坂先輩も含め、どうやら僕たちも怖がられてはいないらしい。
「本当は実際に活動を体験してもらえると一番いいんだけど、あいにく今すぐにできるシナリオがなくてね……」
「いえ、大丈夫です。活動内容は大体把握してます」
話を聞いてみると、住野さんは昨年の文化祭で僕たちの展示を見ていたらしい。文化祭では完成した物語を文章や映像などで展示していて、合わせて普段の部活の風景や流れなども解説してあったので、それを見て活動内容を理解していた。そのときから自分に合う部活なのではないかと感じていて、今日こうして入部を決めてやってきたようだった。
「実は、見様見真似でシナリオを書いてきたんですけど……」
そう言って彼女は自分の鞄の中からファイルを取り出す。
「いいね。せっかくだしそのシナリオをみんなでやってみようか」
部活の体験としてもちょうどよかろうということで、住野さんの持ってきたシナリオで『本作り』を行うことになった。
【梗概】
廣井悠乃は高校の文芸部で出会った同級生の松原咲人に心惹かれる。
悠乃は奥手ながら勇気を振り絞って咲人との仲を深めようとするが、飄々として何事にも関心が薄い咲人は、彼女の想いにまるで気付かない。彼女自身はそんな彼の態度を自分の魅力のなさが原因だと卑下し、彼との関係性の変化に一喜一憂しながら日々を過ごしていた。
なかなか進展しない二人に痺れを切らした涼子が、咲人に悠乃の想いを明かしてしまう。好意を持つ相手に対してどのように接したらいいかわからず、悠乃を避けるようになる咲人と、突然態度がおかしくなる彼に困惑する悠乃。
不器用な二人の関係は果たしてどこへ向かっていくのか。
【登場人物】
・廣井悠乃(住野詩織)……文芸部一年。咲人に想いを寄せる。
・松原咲人(西村景) ……文芸部一年。他人に興味がないが、悠乃には好意的な印象を抱く。
・東悟 (桜川和希)……文芸部一年。咲人の中学からの友人。秘かに悠乃に想いを寄せる。
・芳野涼子(白坂奈衣)……文芸部二年。悠乃と咲人の関係性をおかしがっている。
・平沢恭介(友利成弥)……文芸部二年。咲人とそりが合わず、時折喧嘩になる。
【人物設定】
役名:松原咲人
文芸部一年。
幼少期は転勤族の親に連れられて各地を転々とする。忙しい両親からあまり愛情をかけられず、最終的に両親は離婚、今は母親と二人で暮らしている。そのせいで対人関係を築くのが苦手で、他人に対する関心も薄い。
悠乃の想いを知り、何か応えたいと思いつつも、他人を好きになるという感情が理解できない。結局どう接していけばいいかわからず、自分のそうした中途半端な態度が彼女を傷つけてしまうのではと考え、彼女を避けるようになる。
「なるほど。恋愛ものっていうのは案外珍しいかもね」
偶然、既存メンバーの四人がミステリ好きということもあって、僕が入部してからはほとんど何かしらの謎解き要素があるようなシナリオばかりだった。
しかし、過去のアーカイブを覗いてみると、もっと人間ドラマに寄ったものだったり、コントのような変わった設定から広げていくもの、逆に設定は最小限で会話中心に物語を進めていくものなど、様々な内容のものがある。確か、恋愛系のものもいくつか見た記憶があったが、比率で言うとだいぶ少なかったように思う。
「とりあえず彼女と相談して、役を割り振ってみた。異論がなければこれでいこうと思うけど、どうかな?」
「いや、これ主役が僕になってるんですけど……」
ヒロインが住野さんなのはわかるとして、その相手役が僕になっていた。恋愛ものだというなら、自分の中にすでに持っているものでしか役を作れない僕ではなく、どんな役にでも入り込める友利先輩か、社交性が高く色恋も得意そうな和希の方が明らかに向いているはずだ。
「いいじゃないか。私はこのシナリオなら君が一番適任だと思うよ」
まごついている僕を諭すように、白坂先輩がそんなお世辞のようなことを言って笑う。まあせっかく新入生がわざわざ考えてきてくれたシナリオに水を差すのもよくない。恥じらいは捨てて覚悟を決める。
「それじゃあ、みなさんよろしくお願いします」
住野さんは震える手をぐっと握り、静かにそう呟いた。