【連載小説】『平凡な少女のありふれた死に方』第22話

 一年生の十一月頃だったか。まだ冬というには早かったけれど、時折通り過ぎる冷たい風が枯葉をどこかへ連れ去っていく。一大イベントである文化祭が終わり、騒がしかった校内がだいぶ落ち着きを取り戻して、年末に向けてどことなく虚無感のようなものが学校全体に充満していた。
 文演部だけでは寂しかろうということで、お隣のオカ研も誘い、合同で文化祭の打ち上げをすることになった。打ち上げと言っても、会場は食べ放題が安いイタリアンチェーンの一角で、合わせて十人ほどでひっそりとそれぞれの健闘を称え合った。
 そんな中、何かの話の流れで根本が『本作り』に参加してみたいということを言い出した。
「西村から色々話は聞いているけれど、未だに具体的な想像ができていないものでね。一度実際に体験して、どんな活動をしているのかをきちんと知りたいんだ」
 元々オカルトにのめり込むようなタイプだから、その未知のものに対する好奇心が刺激されたらしい。文演部を心霊スポット扱いされるのは心外だったが、自分たちの活動に興味を持ってもらえるのは嬉しいことだった。
「それは願ってもないことだな。何ならそのままオカ研からこっちに寝返ってもらっても構わないぞ。うちは万年人手不足で困ってるもんでな」
「おい、うちの貴重な一年を唆すんじゃない」
 部長や他の部員たちも特に意義を唱えることはなく、根本とオカ研の部長が『本作り』の体験をすることになった。
「問題はシナリオをどうするかだな……」
 文演部だけならそこまで問題ではなかったが、いざ外部の人間に体験させるとなると、なるべく楽しみやすいシナリオである必要がある。僕や白坂先輩のシナリオは根暗で外向きではないし、和希はまだ一度もシナリオを書いたことがなく、部長は受験があるので新しいものを作る時間がない。
「俺がやればいいんだろ?」
 必然的に残った友利先輩の元にみんなの視線が集まっていた。彼はそれを察して、めんどくさそうに頭を搔きながらも、誰かが口にするよりも先に自ら手を挙げる。
「まあこういうのは俺が一番得意だからな」
 もちろん誰も文句を言うことはなく、二週間後に彼のシナリオで『本作り』を行うことになった。せっかくならばやりやすい方がいいだろうということで、彼は根本たちに好みなどをヒアリングし、それに合わせて物語を作ってくれるとのことだった。
 そして、約束の日。僕たちはいつものように部室に集まると、彼から一人ずつ封筒を手渡される。

【梗概】
 村雨霞は校内新聞に書くネタがないと困っていた。いつも教師や生徒へのインタビュー、部活の地区大会結果、ちょっとした豆知識コラムなどでお茶を濁すばかりで、張り合いのない日々を送る。
 何か劇的な事件でも起こってくれないかと不謹慎なことを考えていると、突然青島紗月が「図書室で怪奇現象が起きて困っている」と相談にやってくる。同じ新聞部の倉敷祥子と調査を行うと、その怪奇現象以外にも校内ではいくつもの怪奇現象が頻発しており、それらは巷で学校の七不思議として噂になっていることがわかる。
 彼らは唐突に降って湧いたように現れた七不思議に違和感を持ち、その謎を解き明かそうとしていくが……。

【登場人物】
・村雨霞 (根本昭) ……新聞部二年。学校の七不思議に興味を持ち、独自に調査を行う。
・倉敷祥子(前島愛沙)……新聞部二年。村雨とともに七不思議について調べる。
・青島紗月(白坂奈衣)……三年。図書委員長。怪奇現象に困っていると新聞部に相談に来る。
・柊聡介 (西村景) ……一年。図書委員。図書館で起こる怪奇現象の第一発見者。
・高井恭平(桜川和希)……二年。学校の内情に詳しく、新聞部に情報屋として協力している。

【人物設定】
役名:柊聡介
 一年。図書委員。気弱で内気。人と話すのがあまり得意でなく、一人でいるのが好き。青島のことは尊敬する先輩として慕っている。
 図書委員の活動中に、毎日同じ本が床に落ちているという怪奇現象に遭う。最初は偶然だろうと気にしていなかったが、あまりにも何度も続くため、委員長である青島に相談を持ち掛ける。
 偶然彼女が音楽室に一人でいるのを発見し、七不思議の一つである『音楽室の亡霊』の犯人なのではないかと疑いを持つが、誰にもその秘密を言えないままでいる。

 友利先輩が持ってきたシナリオは流石と言わざるを得なかった。オカ研と相性のよい「学校の七不思議」という題材を持ってきて、謎解き要素をふんだんに盛り込むことで、参加者がより楽しみやすい内容に仕上がっていた。
 実際にシナリオを進めていくと、そのシナリオの完成度の高さをより感じることになる。
 全体の流れとしては、霞と祥子(オカ研の二人)が学校の七不思議と言われる怪奇現象を解き明かしていくわけだが、その一つ一つにきちんとトリックが仕込まれていた。二人は作中の謎解きを疑似体験しながら、シナリオを進めていくことになる。
 さらに、もちろん単発の謎の羅列では終わらず、謎を解き明かしていくことで、その裏側に隠された根幹の謎に迫っていく構成となっていた。その部分の進め方は登場人物の動きに任されていて、『本作り』の本質である「物語を作る」という要件も満たされている。
 各セクションの難易度設定やヒントの提示の仕方などもよく考えられていて、参加者がストレスなくシナリオを進められる。その一方で、解決した際の達成感も十分に得られる絶妙なバランス調整がされていて、このクオリティのものをわずか二週間で作り上げてしまう彼の器用さにかなり驚かされた。

「……すべての事件の首謀者はあなただったんですね」
 霞の問いかけに対し、紗月は背中を向けたまま何も答えなかった。
「僕たちが七不思議に興味を持って調べるように仕向けたのは、校内新聞を通じて七不思議をより学校中に知らしめるためだったわけだ。そして、こうして真犯人を解き明かし、すべてが白日の下に晒されることこそ、あなたの望むことだった」
「ああ。そうさ。すべてはあの子の無念を晴らすためにやったことだよ」
 紗月は一年のとき、親友だった篠原渚を亡くした。
 渚は少し夢見がちで向こう見ずな女の子だった。そんな彼女の幼さに付け込み、教師の一人が彼女のことを弄んだ。辱めを受け、ようやく自分が騙されていたことに気付いた彼女は絶望し、そのまま命を絶ってしまった。
 すべてを知った紗月は怒り、学校側に抗議した。しかし、事なかれ主義の大人たちは彼女の主張を認めず、証拠がないと断じて調査すらもせずに渚の死を黙殺した。
 ずっとそのことを悔やみ続けた彼女は、自分が学校を卒業する前に、どうしても報いを受けさせたいと考えた。そして、七不思議という形で話題を集め、もう一度渚のことを社会に思い出させるシナリオを作ったのだった。
「ここまで学校中の話題となれば、大人たちも黙殺することはできないはずだ。そうすれば必然的に、あの子の事件も明るみに出ることになる。大きな関心を集め、同情を誘う物語も出来上がった。そうすればあとは、自然と社会が動いてくれるだろう」
 僕たちは七不思議の真相と、その裏側にあった紗月の復讐劇、そしてその根幹にある渚の事件を明るみにするしかない。七不思議に対する注目度が上がっている今なら、その物語は確かに大きな波紋を呼ぶことになる。しかし、それで死んだ渚が報われるとは思えなかった。
「……こんなやり方、間違っていますよ」
 満足げに笑う紗月に、霞は悔しさを滲ませながら呟いた。
「間違ってたっていいさ。こんな理不尽な世界、正しく生きる気も起きないよ」

 一通りシナリオを終え、根本たちは満足した様子で帰っていった。
「流石ですね。器用な友利先輩らしい、要望に対して完璧に応えるオーダーメイドなシナリオ。物語としても緻密に組まれたパズルのような仕上がりで、それでいて複雑になりすぎないバランス感覚。初心者向きだけど、初心者を決して舐めていない、良いシナリオでした」
 和希がうんうんと頷きながら、早口で先輩のシナリオを褒めちぎっていた。元々彼はかなりのミステリ好きだから、こういう謎解き要素の強いものが好物なのだろう。逆に言うと、そんな舌の肥えた彼を唸らせるほどの内容だったわけで、それは流石と言わざるを得ない。
「そんだけ褒めてくれりゃ、気合い入れて作った甲斐があるな」
 友利先輩もまんざらでもない様子で、和希の称賛を受け入れていた。彼自身もかなり満足のいく出来だったようだ。確かに、これまでもクオリティの高いものを作っている印象だったが、今回は特にそれを感じさせられた。
「ずいぶん浮かれているみたいだけど、いい加減にして欲しいね」
 しかし、和気あいあいとした雰囲気を切り裂くようにして、白坂先輩が鋭い言葉を放り込んできた。
「相変わらず中身は薄っぺらで何もないじゃないか。必死に外面は綺麗に整えてあったけど、そんなのは何の意味もない。結局作者の軽薄で上辺だけの人間性が滲み出たようなシナリオだったね」
 突然こき下ろすようなことを言って、彼女は不機嫌そうに部室を出ていってしまった。僕たちは嵐にすべてを持っていかれてしまったかのように途方に暮れ、ただ沈黙することしかできなかった。友利先輩も何か反論したり取り繕うような様子もなく、気まずそうに苦笑いを浮かべていた。
 あのとき、僕はとても意外に思ったのを覚えている。白坂先輩が誰かを非難するようなことを言うのは珍しかった。というか、後にも先にもあのときだけだったように思う。基本的に感情的になることがない人だし、好悪を口にすることさえほとんどなかったから、何故あのときだけ友利先輩に怒りを露わにしたのかわからなかった。
 ただ、彼女が言っていた内容に関しては、少しだけ理解できる部分があった。友利先輩のシナリオを優れているとは思いつつも、あまり好きになれなかったのはそこに違和感があったからだったのだと思う。
 彼のシナリオは話の筋だけで言えば、優れているのは間違いない。しかし、『本作り』においては、実はその部分はさほど重要ではなかった。参加者が自身と割り当てられた役との境界を行き来しながら、その結果として一つの物語を完成させることが目的となる。だから、登場人物の内省に関係のない物語は不要とさえ言える。
 おそらく彼は器用すぎるのだと思う。器用であるが故に、精巧なシナリオを組み上げてしまう。でもそこには〝人〟が介在していないのだ。誰かが全く別の登場人物になり替わったとしても、物語に何ら影響を与えない。
 彼が作っているのは、単なる謎解きゲームでしかなかった。娯楽性は高いけれど、最終的に出来上がる物語には価値が生まれない。
 器用であり、無頓着なのだ。そして、それは時に残酷さを持ち合わせる。綺麗に整えられた物語を目の当たりにしたとき、僕たちが生み出そうとしている不格好で曖昧な物語が、まるで意味のないもののように思えてしまうから。
 きっと彼は僕たちと真逆だった。しかし、もしそうだとしたら、彼はこの文演部で何を求めているのだろうと不思議に思った。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?