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しっかり育った娘?

先日、母と二人でランチを食べに行った際に、私の妹の進路について話していました。妹は現在高校三年生。未だに進学先は決めていません。

そのとき、母は私にこんなことを言いました。

「あなたがここまでしっかり育ってくれたから、二人目はもう好きにしてくれればいいわ」と。

ここで、私に対しての今までの母の言動に対して全て納得がいきました。

進学校の高校に行かせたこと。
国公立大学を勧めてきたこと。
私の夢を否定してきたこと。

ああ、母は私に「しっかりとした娘」になってほしかったんだ。そう気づかされました。

そして私は偏差値70くらいの高校に行き、国公立大学に進学し、就職先も決まりかけています。

ここでいうしっかりとは、いい大学に入っていい会社に就職するという典型的な野望に則っていること。私は比較的それに従っている。

小学生の頃、テレビに出ている女優さんに憧れて、初めて買った女の子向けの雑誌に載っていた芸能事務所のオーディションに応募したいと母に言いました。
母はいいよとは言いませんでした。

進学先の大学を決める時期に、映画や演劇について学べる大学を候補に上げました。
母は「そんなんで生きていけるの?稼げるの?」と言いました。

私は、良くも悪くも母の考えに影響を受けてきました。

時には私の考えを改めてくれたり、気づかなかった点に気づかせてくれたりしました。人生の先輩として、アドバイスというかいろいろな言葉をくれました。

ですが、やはり時代の違いによる認識の不一致や思いのすれ違いは起き、衝突も多かったんです。

今まで、母に言われて納得させられて結局は自分でこの道を選んできた。でももしかしたら違う道でも私は十分幸せになれたのかもしれない。考え出したら止まらなくて、でも堂々巡りでした。

結局は自分の人生で、他人に影響されながらも自分でこの道を歩んできた。

最終的な決定権をきちんと与えてくれていた母には感謝の気持ちを持っています。

きっと、この家族ではない過程に私という人格が産み落とされていたら、私は全く違う人生を歩んでいたことでしょう。当たり前か。

でも、今の両親の間に生まれてよかったなと思っています。なんだかんだ居心地良いです。22年近く一緒に住んでますしね。

しっかりとした娘に育ってくれたと言われた嬉しさと、この先私がその道から外れたらどうするんだという懸念と、なんだかんだ母の娘として生きてきていたんだという納得感を感じて、心が入り混じっていました。

私の生き方はこれでよかったのだろうか。時々考えてしまいます。

それでも、これでよかったと思える人生になるかならないかではなく、自分でするかしないかだよな。
そう思い直して、今日一日をまた、しっかり生きていこうと思います。

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