10 幼馴染み(胸キュンときめき短編集 1)
やばい、大幅に遅刻だ。十分遅れるってLINEしたけど、もう二十分遅刻になる。あいつ怒ってるかな?
「おー、来た来た。待ってたよ」
「ごめん、本当ごめん。歩いてたら、モデルになりませんかって言われてさ。断るのに大変だった」
「そうなんだ。それは大変だったな。追いかけてくるかも知れないから、急いで行こう」
笑いながら歩き出す陽介。私の「そんなわけない話」にも乗ってくれる良い奴。
「ごめんね、本当はさ……」
「良いの良いの。僕の方が、買い物につきあわせて申し訳ないって思ってんだから」
優しいなあ。そんなに優しくされたら、誤解しちゃうよ。でも陽介は、昔から優しいんだよね。それも私だけじゃなくて、誰にでも優しいんだよなあ。君を狙ってる女子は結構いるんだよ。本当にもう。
勉強も出来てスポーツ万能。背も高いし、くるんとしたまつ毛が可愛すぎる。一番は性格だよね。優しいだけじゃなくて男気がある。リーダータイプだよね。
それでいて出しゃばらない。遠慮深いと言うか、欲がないと言うか。余裕があるんだよね。弱い犬ほどよく吠えるって言うけど、陽介の場合は吠える必要がないもん。王者の風格って言うか……。
「危ないよ、紗理奈!」
陽介に思いきり手を引っ張られた。ぼーっと歩いていたから、自転車にぶつかりそうになった。
「ごめん。……ありがとう」
「もう、紗理奈は昔からそそっかしいよな」
笑いながらそう言って、優しく手を離した。強く引っ張ったから、悪いと思ったのかな。優しいな。私は離さなくても良かったのに。力強い手にいつまでも繋がっていたいのに……。
「ねえ紗理奈、覚えてる?」
「え? なあに?」
「幼稚園の頃、いつも手繋いでたよね」
「ああ、そうそう。私がよく転んで、血出して泣くから。馬鹿な子だよね」
「僕が守ってあげるよって、約束したんじゃなかったかな?」
「うん。懐かしいね」
子どもの頃はいつも、陽介が隣にいた。私が転ばないように、手を繋いでくれた。近所の大きな犬の前を通る時も、私の事を守ってくれた。
陽介は忘れたかな。もう一つ約束してくれた事。
「大きくなったら、私をお嫁さんにしてくれる?」
「うん、良いよ」
もう忘れたよね、こんな約束。小学校の三年から始めたサッカーに夢中になって、私と遊ぶ事もなくなった。あなたの周りにはいつもいっぱい人がいて、私なんて近づけない。遠くから見てるしかなかった。
あなたの近くにいたくて、同じ高校に入った。あなたは変わらずに接してくれるけど、みんなの視線が怖くて近づけない。積極的な女子が羨ましい。
「ここ、入ろう」
「うん」
「選んでほしいものがあるんだ」
「何を買うの?」
「誕生日プレゼント」
「サッカー部の友だち?」
「いや、違う」
「え、もしかして……女子?」
「うん」
ああ、やっぱり。女の子にプレゼント送るのか。それで私に来てほしいってわけね。あなたは忘れてるかも知れないけど、私も来週の日曜日が誕生日なんだけどな。
そうだよね。女子への贈り物って難しいよね。私だって、男子に何を贈ったら良いかわかんないもん。私が陽介に贈るとしたら、手編みのマフラーかな。12月生まれだもんね。ちょっと長めに作って、二人で巻いたりして。
「女子は何をもらったら嬉しいんだろう?」
「そうねえ。好きな人からもらえるんだったら、何でも嬉しいと思うよ」
「紗理奈だったら何をもらったら嬉しい?」
「私? 私だったら、その人とペアのTシャツかな?」
「Tシャツ、良いね。どれが良いと思う?」
「その人の好みがわかんないなあ。私の知ってる人?」
「うん」
え? 誰だろう? 未来かな? 心乃? 香奈なの?
「身長は? 痩せてる? ぽっちゃり?」
「紗理奈くらいかな?」
「え? 私くらい?」
私くらい? みんな私より大きいし。同じクラスじゃないのかな? ああ、気になるよ……。
「……あのさ」
「うん」
「その人とは、その……付き合ってるの?」
「いや。僕の片想い」
「そっかー……」
片想いか。切ないな。私と同じじゃん。よし、君の恋を応援するよ。
「これなんかどう?」
「お、可愛いね」
「明るい色だし、喜ぶと思うよ」
「うん、じゃあこれにする」
「私ちょっと、トイレ行ってくるね」
「これ買ったらさ、フードコートで待ってるよ」
ああ、もう。もうもうもう。涙が溢れてくるよ。もう、嫌だよ。今まで我慢してたけど、涙が止まんない。困ったな。だけどあんまり長いと、大きい方だと思われちゃう。もう泣くのは終わり。家に帰ってから泣こう。早く涙を拭いて、お化粧直さないと。
ああ、失恋か。でも良く考えたら、フラれたわけじゃないよね。告ったわけでもないし。前からわかってた事だもん。あいつと私じゃ釣り合わないって。よし、行こう。
「お待たせしてごめん」
「ううん。全然大丈夫」
「何か食べる?」
「うん。その前に、今日のお礼をさせてよ」
「お礼? 買い物に付き合ったから? ソフトクリームで良いよ」
「これ、僕からのプレゼント」
「え? これって、さっきの……」
「うん。さっきのTシャツ」
「陽介とペアの?」
「うん」
「なんで?」
「来週、誕生日でしょ?」
「……覚えてたの?」
「もちろん、忘れるわけないじゃん」
「じゃあ、片想いって……」
「君に片想いしてる。ずっと昔から、君に片想いしてる」
「……」
「君の事が好きです。僕と付き合ってください」
「え?」
「だめかな?」
「いや……」
「好きな人がいるの? 付き合ってる人がいた?」
「付き合ってる人はいないけど、好きな人はいる。その人から今、告白された……」
「え? もしかして、僕なの?」
「うん」
「そっかー。紗理奈が僕の事を好きだったなんて、気がつかなかった。嬉しいな。僕たち、両想いだったんだ。やったー。もし良かったらさ、来週の日曜日にお揃いのTシャツを着てデートしようよ。どこに行きたい? どこが良い……」
「ううっ……」
「どうしたの?」
「涙が出る……」
「どうして?」
「わかんない……」
「紗理奈、泣かせてごめん」
「ううん。大丈夫。またトイレ行ってくる」
うわーん。こんな事ってある? 嬉しいのに涙が出るよ。またお化粧のやり直し。
胸キュンときめき短編集
1 雨の日の出来事
2 折り畳み傘
3 雨の河川敷
4 約束の日
5 雨の日の思い出
6 野球部の彼
7 ハネムーンの朝
8 雨の日の初恋
9 クリスマスの贈り物
10 幼馴染み