月下美人屋敷狂⑨
目が覚めると私はベッドに固定されていた。物凄いアンモニアの臭いが鼻をつく。どうやら部屋中に臭っているようだ。薄暗さに目が慣れてくると、目の前に誰かが磔にされているのが見えた。
「中臣...はるかさ...ん......?」
「御名答!よく分かったわね」
声に驚いて、声の方を見ると静江が邪悪な笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。相変わらず醜悪な笑顔だ。
「ここまで入ってきたのが寿命を早めたのね。ね、探偵さん」
私の正体を知られている。いや、元から知っていたのか?
「でも、あなたは邪魔ね。私はただ自分の病気を治して綺麗でいたいだけなのに。なんで?」
その問いに応えようとした時だった。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでだー!!」
見開いた目は瞳孔が開き切っている。口から垂れるよだれや、人を食べた独特の臭いの口臭が鼻につく。
中臣はるかが意識を取り戻したようだ。彼女は声にならない声で叫ぼうとしている。しかし猿轡で声が出せない。女はニヤリと笑いながらゆっくりと彼女へ近づいていく。その手にはよく見れば出刃包丁が握られていた。私はなんとか身体を自由にしようと動くが縄が食い込んでいる。早くしなければ...
邪悪な笑みを浮かべた女は、泣き叫ぶ中臣はるかの薄手のブラウスのボタンを開け、乳房の部分に手を忍ばせる。可愛い可愛いと連呼するが、それはまるで地獄絵図のような光景であった。どうしたら良いのか!?私の頭の中はそれでいっぱいになった時だった。
「...動くな。その包丁を捨てて、その子からゆっくり離れろ...!」
浅井先輩と警察官たちが一斉に中へ飛び込んできた。女は驚いて包丁を振り上げるが、数名の警察官と浅井先輩が一気に静江を制圧する。女性警察二人が後から入って来て中臣はるかを保護した。中臣はるかはその場に倒れ込むように尻餅をついた。静江は拘束されても尚、暴れ続けている。
「侑!すまんな!遅くなった。大丈夫か!?」
浅井先輩が私の縄を解いてくれた。本当に肝を冷やしたものである。
「大丈夫です...よ」
そういうと先輩はホッとしたように私に肩を貸してくれた。静江が警官数名に取り押さえられながら、外へ引き摺り出された。私と中臣はるかも警察官に付き添われて表へ出る。屋敷一帯を警察が取り囲んでいた。
「ちくしょう!ちくしょう!なんでだ!!なんでだ!!」
静江は狂ったように吠えている。彼女の暴挙はようやく終わりを迎えたのだ。そのときだった。あっ!という女性警察官の声に気づいた時、目の前を何かが走り抜けた。
ズブッ...!!
静江がその場に倒れ込んだ。警察官も私も全員が静江を凝視する。彼女の前に息を切らしながら血だらけの出刃包丁を持った中臣はるかがいた。
「死んじまえ死んじまえ死んじまえ!!お前なんか死ねば良いんだ!!」
中臣はるかは今まで溜めていた怒りを放出するように尚も静江を刺そうと包丁を振り上げる。警察官らに取り押さえられながら中臣はるかは泣き叫びながら静江を殺させろと唸った。
この恐ろしい事件は、ここに幕を閉じた。
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