朱色の子守唄⑤
コロナ禍と呼ばれるようになって一年。あれからも犬たちは見えている。まるで何かの呪いのように。
俺はこのとき、ある集団を追っていた。コロナなどないと言い張り、国家の陰謀を叫ぶスピリチュアルグループである。ミステラーの次を探しているわけではない。だが、こいつらは恐らく人を殺害している。半年前、一人の妊婦がこのグループに取り囲まれマスクを無理矢理剥ぎ取られた。そのとき妊婦は乗用車にはねられて亡くなった。グループの代表を務めるラルと呼ばれる女が、その妊婦を道路に突き飛ばしと俺は睨んでいる。たまたま会社の側であり、俺はすぐに現場へ行き彼らと遭遇した。そのときに突き飛ばしただけと怯える声で話していたのを目撃したのだ。事件は不幸な事故として処理され、スピリチュアルグループはその後も何事もなかったように活動を続けている。
当然、荒唐無稽な彼らの考えに賛同する者もおらず道ゆく人々は彼らに奇異の視線を向けていた。時に大勢で一人を取り囲んで揉み合いになり逮捕者まで出す時もある。彼らはそれに懲りず、むしろそれを楽しんでいる節も見受けられた。そして事は大きく発展する。リーダーを務めるラル...本名「林頼子」が死んだのである。
ラルこと林頼子は、その日の朝に帰宅して裸同然で家で寝ていたそうだ。そして昼過ぎに起きてくるなり同居している母親に「熱がある」と言って来た。母親はそんな裸見たいな格好で寝るからだと呆れながら熱を測った。かなりの高熱でおそらくコロナだとなり母親は119番に電話をいれた。当の頼子は大声で熱だ、風邪だと叫んでいた。だが次の瞬間、母親の耳に絶叫が轟いたそうだ。
「ぎゃああああああああああああああああああああ!なんだこれ!!!!なんだよぉ!!なんだ!?この犬なんだーーーー!!!」
頼子は錯乱したように吠え出したのである。そして断末魔の「ああああああああ」という奇声を上げ、その場に倒れ込んだ。彼女は息をしていなかった。すぐに救急車が駆けつけたが既に死んでいたのである。このとき救急隊の一人は彼女の身体のあちこちに赤い噛み跡のようなものが無数にあったと証言した。しかし死因はコロナウイルスによるものだったそうである。ちなみに彼女と行動を共にしていたグループのうち喧嘩騒ぎを起こした者たちが同時刻に亡くなっている。みな口々に「犬」に襲われたような断末魔を叫んでいたという。
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