必殺?口裂け女
私の子供の頃にも町内に口裂け女が出るという噂が流れていました。噂といっても、私や同級生も複数その姿を見かけており、単純に“まだ”遭遇していないだけみたいな状態でした。当然、その目撃談は隣町でも起きており...。
後に同じ中学へ通うNさんは当時、義理の母親つまり継母から執拗なまでに邪険に扱われていたそうだ。産みの母は弟を産むと亡くなってしまい、後妻としてお父さんが連れて来たのが、その継母であったという。当時、中学生だったお姉さんはそれなりに上手くやっており、弟は小さかった事もあり継母も可愛がってはいたが、Nさんとは折り合いが悪く、その日も理由もなく暴力を振るわれ、一人、路地裏で地面を濡らしていたという。するとそこに
「お嬢ちゃん...私綺麗?」
なんだか女とも男ともつかない声が聞こえたという。見上げてみると腰まである長いボサボサな髪、夏だというのに赤いコート、黒いハイヒール、そしてこれでもか!と言わんばかりに見開かれた目があった。これがよく聞く口裂け女か...そう思ったNさんは、突然継母の仕打ちを思い出し、恐怖より悲しさが勝ちボロボロと泣き出してしまったという。すると口裂け女は
「なんだい?怖いのかい?」
口裂け女は中腰姿勢になりNさんに目線を合わせた。そして訳を尋ねて来たという。Nさんは、口裂け女に洗いざらい全てを話した。
「お父さんにはちゃんと言ったんだろうね?」
口裂け女はNさんを見つめながら聞いて来たので
「お父さんにも言った...けどお母さんがそんなことする訳ないだろって...」
すると口裂け女の表情に怒りが露わになったという。そして
「そこで待ってな!」
というと家の場所を聞き、物凄い速さで走り出したという。まさに電光石火の勢いだったという。Nさんは何が起きたのか理解し切れず、恐る恐る家の前まで行くと姉と弟が唖然とした顔で立っていた。Nさんを見ると我に帰ったようで
「家から...なんか物凄い音が聞こえて......」
姉は青い顔をして言った。二人は恐る恐る、家の中に入ると継母が白目を向いて倒れていた。全身を思い切り殴られたらしく、あちこちに痣が出来ていたのだとか。とにかく救急車!と姉に言われて119番をした。継母は重傷だが命には別状はないという。意識も直に戻ると言われた。そこへ父親がやって来たが、どういうわけか真っ青な顔をしている。そしてNさんに向かい
「N...お母さんにひどい事をされているの本当だったんだな...すまない。俺はなんて親だったんだ...」
と泣き崩れてしまった。
訳を聞くと職場で、妻が救急搬送されたことを聞かされ、大急ぎで病院へ向かっていたという。病院について中へい入ろうとすると物凄い力で引っ張られ、駐輪場に投げ出された。目を挙げるとなんだか女とも男ともつかない声、腰まである長いボサボサな髪、夏だというのに赤いコート、黒いハイヒール、そしてこれでもか!と言わんばかりに見開かれた目の女が大きなハサミを持って立っていた。そして継母が今日までNさんにしてきた事を洗いざらいぶちまけたという。そして
「自分の子供くらい守るのが親だろ!!」
と激昂し
「次はない」
と捨て台詞を残して去っていったというのである。お父さんは得体の知れない女の言う事がNさんが訴えて来た事と同じだと気づき、すべて合致したことで継母のやったことを理解した。
数時間後、意識を取り戻した継母はNさんを見るなり、今までの愚行を必死に詫び始めた。きょとんとしたNさんは、離婚を切り出そうとした父親を必死に説得して思いとどまらせた。この一件以来、Nさんと継母の関係は良好なものになったのだという。どうやら継母を襲ったのもあの口裂け女と思しき人物だったらしく、悲鳴をあげる前にコテンパンにされてしまい、意識がない最中もひたすたに殴り続けられていたという。そしてこれまでのNさんへの仕打ちを思い出し、なんて酷い事をしてしまったのだろうと思い、目を覚ましたという。かくしてNさん一家離散の危機は回避された。
それ以来口裂け女に会うこともなく、私の住む町の方で口裂け女のふりをした人物が逮捕されたと聞き、もう完全に会うことはなかったという。だが時折、出会った路地を歩いているとショキンというハサミの音が聞こえていたという。当時、私はこの話を聞いて
「口裂け女はベッコウ飴が好きらしいよ」
と教えてあげると彼女は、帰りがけにそれを買い、私をその路地に案内し、そこにベッコウ飴を置いた。
「もう何年も経ったから、私にこと忘れちゃったかな...」
彼女はニコッと笑っていた。また怪談良いのがあったら教えてくれよと言いながら私は彼女と家路についた。
その夜、気になって路地へ行くとあのベッコウ飴の袋がなくなっていた。他の人に回収されたのか?それとも口裂け女が受け取ったのか分からなかったが暗闇の向こう側で
ショキン...
確かにハサミの音が聞こえた。
私は怖くなって全速力で逃げ出した。