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知らない恋人【2】

忍の一字で生きて来た母

ある日、母は父に今まで溜まりに溜まった想いを吐き出した。
その頃にはもう母は眠れなくなったり不安定になったり。

わざわざ遠くの薬局まで行き、飲める薬はないかと尋ねたらしい。
睡眠導入剤程度なら薬局で買えても、ちょっと根深そうなら医師の診断を受けるよう言われるのは当然のこと。

母はもう『その事』に全てココロが支配されているのだから、やっつけの睡眠導入剤では無駄だろう。
そうなったらぶちまけるしかない。
父に今まで自分が我慢して来たこと、大切にされた覚えがないこと、不安、不満だった事を吐き出したのだが、父が黙って聞けるかと言えば残念ながら男ってのはいちいち解決しようとする。

自営業の町工場だから自分が全てを背負い、営業から機械、材料の手配、全て自分が行い、家も車も買った。
そうする事が家族の為と頑張って来たのに何が不満なのか。
今になって言われてもどうしたらいいんだと言い出し、母はどうして欲しい訳じゃなく、ただ黙って聞いて欲しいだけだと言ったそうだ。

…男が黙って言われっぱなしで居られるかといえば、ほとんどの男性が黙っていないでしょうね。

俺のおかげで…みたいな感情や、なんで俺だけダメ出しされるんだ…みたいな。

男のプライドは分かるが、母が捨て身でぶつかって来ている事ぐらい察したらどうだとめまいがする。
相手の気持ちをまず汲む事が出来れば会話もスムーズだと思うだが…。

まずは黙って聞き、同意し、詫び、大変だったなと声を掛ければ済むものを、男は言い訳かたがた俺だって…と言い出すからややこしくなる。
女は理屈や導きなんぞ求めてはいない。

そこに父が気づくはずもないので別件で電話をした際に、さらっと説明をした。
「もうさ、そーかそーか、大変な想いさせたなっつって聞いてればいいんだよ。
黙って聞いてくれて、自分が頑張った事を気づいてくれたっていうだけでお母さんは満足なんだから。
家や車も買って人並みの生活出来ただろうなんてのはお母さんにとってはどうでも良くて、自分が必要とされているのか、自分を大事に思ってくれているのかっていう所を一番聞きたいんだと思うよ」
と。

母は母で、
「我慢なんかしちゃダメよ、私ももう我慢なんかしないんだから!
そっちはもう幸せでしょう?」
などと私に言ってくるし…。
もう幸せでしょうって何だ…(笑)
私は離婚出来た事が何より幸せだったし、離婚してからも自由で面白かった。再婚したからといって幸せとは限らないもんだよ…
といいたくなったが話しがややこしくなるので
「ま、そうだね…」
と濁す。

とにかく吐き出して多少スッキリした様子だが勢いに欠ける母と、言われっぱなしでいかんともしがたい感情を抱えた父は、なんとなくモヤモヤを引きずりつつやって行くかに見えたが、そこにやって来た突然の母のガン告知。

きっと今なのだと私は思っていた。
むしろ遅いくらいだと。
我慢は美徳ではない。
自分をまず尊重する事は周りを救う。
子供は見ている。
知っている。
親のココロが不自由である事を。

<続く>

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