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ファイア・イズ・アウト、リメイニング・ヒート 9

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 フレデリカ、否、ファイアキャリアーと名乗った少女ニンジャは、その青き双眸を見開き、仲間のルカの遺品である黄色偏光ゴーグルを通して、メカバイオイーグルじみた戯画的かつ威圧的なグリーン・アイを顕した。

 ペスト医師めいた鳥型のフルフェイスメンポ。身の丈に合わぬフライトジャケットごと自らをタイトに縛り上げ、動きによる遊びを無くしている。そしてそのジャケットの背を突き破り、雷を受けて裂けて燃えた樹木の如き呪わしい両翼が伸びており、得体の知れぬシリンダー状の物体をミノムシめいて鈴生りに垂れ下げている!

 メンポ、バインド、ウィング、ショットシェル、さらには鈎爪……多彩に見えるそれらのマテリアルだが、それら全てはコンテナ内でコックハートが触れたのと同じ、黒色の重金属素材によって成型されている。そしてナムサン、その成型はこれが完成系では無いのだ!

「イヤーッ!」フレイムキャリアーはカラテシャウトと共に、小指以外の四本の指先を延長した鈎爪でアンバーンドに切りかかる!「グワーッ!」アンバーンドの小板鎧めいたパーカーニンジャ装束が火花を散らす! 右肩から左肩へと抜ける一閃!

 アンバーンドは初手から心臓狙いの一撃を身をひねって躱したのだ! そして反撃のチョップ!「……イヤーッ!」だがメンポもせぬその顔には『躊躇』とショドーされているかの如し、テンポも遅い! しかしその躊躇に対し、フレイムキャリアーは僅かも何かを汲み取る事は無い。

 フレイムキャリアーはアンバーンドの突き出した腕に自分の腕を素早く絡めると、爪を立て、そのまま引き戻した!「グワーッ!」装束が裂け、螺旋状に出血! 

 フレイムキャリアーは更に小ジャンプすると、滞空中にロッキンホースめいた底上げブーツを成型……更に底面からナイフめいたスパイクを生やした!「イヤーッ!」「グワーッ!」ナムサン! 全体重の乗ったドロップキック! アンバーンドは腕をクロスさせつつバックステップで威力を逃がす!

「グゥーッ!」アンバーンドは呻く。ローティーンの少女である。ウェイトや威力はそれほどでもない。だがキャタリナほどではないが油断ならぬスピードを持ち、スパイクや鈎爪といったピアッシング攻撃はリーチを補い、また容赦なく血肉を削る!

 フレイムキャリアーがアイサツへの返答すら待たず始めたイクサには流石のサタナキアも苦笑する。「実際スゴイ・シツレイですね? モータルの基準では情状酌量の余地はあるとはいえ」

 サタナキアがそう言及し、かつ視線をそちらに向けた一瞬の気を狙い、ミゼリコルティアは踏み込まんとしたその時……背後の円柱エレベーターから血の間欠泉が溢れ出した!

「何……!?」血……否、血ではないのか!? ゴウランガ、だがそれよりも忌まわしい何かが噴き出し、溢れ出し、足元を流れ去っていく。超自然の赤い海の如く……それはどうやら階下で見た朱色の光と同質のものだ!

 逡巡の間に赤い波は四方の壁、粉砕直前の強化ガラスへと殺到した。それは更に毛細管現象めいて亀裂を駆け上がり、投影されていたモータルの生活を塗り潰し、さらに溢れ出して新しい絵画パターンを上書きしていく。即ちライオン、バタフライ、ゲイシャ、イカ……ゴウランガ! シュギ・ジキの神秘的パターン! だが生命の樹に対する邪悪の樹ほどにも禍々しく!

「ウグッ!?」ノーボーダーが呻いた。命の危機アトモスフィアに研ぎ澄まされたニューロンが、白昼夢めいて己の見てきた光景を結びつける……六方に広がる部屋、四面に描かれたシュギ・ジキパターン、ソロモンの六芒星、"四"と"死"、無数の魔法的照応。ノーボーダーは己が狂人の描いた妄想地図の上の小さな点になったような錯覚……それ自体が妄想である錯覚を務めて振り払おうとした。

「そういえば、私の正体を見破った褒美がまだでしたね?」サタナキアが口元を笑み形にしたまま、呻くノーボーダーを眺め遣る。四方の赤い光が照らし出すその顔貌。黒き新月の目、奈落よりなお暗い口を開き、邪悪なるニンジャが諸手を広げて宣言する。「私はサタナキア。そして……タタラ・ニンジャ。これより全ての無価値なるものに報酬を……我がジツ、我が"目的"の一端……お見せしましょう」

 サタナキア……そしておお、呪わしきタタラ・ニンジャのカイデン・ネーム宣言からゼロコンマ二秒!「イヤーッ!」ミゼリコルティアのスリケン投擲! キャタリナの高速移動開始!

 ゼロコンマ三秒!「イヤーッ!」サボターがロシア風スリケン投擲! アングバンドの袖口からマズルフラッシュ!

 ゼロコンマ五秒!「キエーッ!」ノーボーダーのスリケン投擲! モスキートはフレイムキャリアーの方を見遣り、己の太腿に針を刺す! 血液循環衝動!「グワーッ!」

 ほとんどすべての攻撃がサタナキアへと向かう。ではサタナキアのアクションは? 弾く、側転、ブリッジ回避……そのどれでもない。 鈍化する時間間隔の中……サタナキアは両の手の指輪を目前でかざした。その腕には、赤熱する血の色でルーンカタカナが浮かび上がっている。即ち、向かって左に「トカス」。向かって右に「カタメ」

 ミゼリコルティアのスリケンが眉間に刺さった。サボターのロシア風スリケンが右目に刺さった。無数の銃弾が顔面を二つに割らんばかりに殺到する。タタラ・ニンジャは自らの瑞々しい唇、真珠めいた前歯で──噴き出す血を意に介さず──二つの指輪を同時に噛み挟み、手を引いて抜き取った。

 ゴクリ。舌と咽頭が指輪を導いた。胃の腑へと? 否、深みへ。その存在の冥府の如き深みへと。「センテツ・ジツ」

 一拍遅れてノーボーダーの眉間を狙ったスリケンがタタラ・ニンジャの左目に刺さる。コロラドショットめいたオタッシャ重点の致命傷だ! だが……神秘的な赤い光が、内から肉体を照らす。その強烈な光は肉を透かし、骨を透し、全身の血管を浮かび上がらせた。「フン」ノーボーダーが鼻を鳴らす。「やっぱりね」その視線の先。生物学的に男性!

 だが見よ、映し出された血管がうねる。そしておお、ブッダ……影が……骨を示す影が、増えてゆく! それは内側から闇が超新星爆発するか如く、ヒトの輪郭を飛び出し、そして膨張してゆく!「ンアーッ!」ナムサン! カラテを仕掛けるべく近付き過ぎたキャタリナが吹き飛ぶ! 爆発的な光は実際物理的影響力を有する力場!

「「「オボーッ! オゴゴゴゴゴーッ!」」」重なり合う獣のおらびめいたサタナキアの慟哭! 何かが進行しているのだ!「集まれ!」ミゼリコルティアが鋭く言った。あからさまに無視するサボターと悶絶するモスキートを除いた五人がミゼリコルティアの周囲に集まる。

 コックハートが、モスキートが取り落としたスネークフットを抱え、アングバンド、ノーボーダー、キャタリナらと合流した。声をかけたミゼリコルティアも含め、コックハートとキャタリナ以外はそれぞれサタナキアに遠距離攻撃を続けながらジリジリと集まる。

「ッこりゃあよ」アングバンドが開口一番何かを言いかけて、言葉を濁した。機関銃掃射めいたスリケン投擲・銃撃もあからさまに効果がない。「これはよ……」

「オイ」ミゼリコルティアが鋭く言った。「コックハート=サン。スネークフット=サンを連れて逃げろ」「なんだって?」コックハートは眉を顰めた。「いやしかし、フレデリカが……」アングバンドは素早くミゼリコルティアと目線を交わし「フ」と息を吐いた。

「怪我人抱えてアレの相手は無理だ。連れて出て、スシでも持って出直してくれや」「あーね。それにこのビルはこれから戦場になるんだもの。モータル達も避難させる必要があるわ。私は正直そんなに気にしないけどね?」ノーボーダーが言葉を継ぎ、アングバンドを見た。アングバンドは目を逸らした。

「ウム……直接戦うだけがイクサではない、という事だな!」コックハートは己の胸をドン、と叩いた。そしてスネークフットを肩に抱え直した。「俺に任せろ!」

「キリエは……」「…………」コックハートに水を向けられたキャタリナは仁王立ちし、コックハートの視線を真正面から受け止め、ナックルダスターを嵌めた拳を正面でガツン、と打ち合わせた。

「……キリエを任せていいか」コックハートが絞り出すように、攻撃を続けるニンジャ達に向けて言った。アングバンドは軽く笑ってみせた。「あぁ、こっちは任された。だから頼んだぜ。あとコイツもな」アングバンドが最後早口気味に言い切ると、ノーボーダーの背中を押した。「ハ?」

 アングバンドはアンバーンドとフレイムキャリアーのイクサに気を取られたかのように顔を逸らした。そして顔をそちらに向けたまま言った。「お前も行けよ」

「フ」男女平均的アトモスフィアを持つニンジャは、ふと気を抜いたように微笑んだ。「なーによ、心配してくれてるの? カワイイな所あるじゃない? 心配しなくても私の見様見真似エコノミック・カラテはここから」「ッうるッせェな!! ガタガタ抜かしてないで足手まといだから出てけっつってんだよ!! ワカんだろテメェは!!」

 チラチラと、リアルニンジャから放たれる超自然の光、そして絶えず放たれるチャカ・ガンのマズルフラッシュが、ストロボめいてニンジャ達の横顔を映す。一秒の沈黙。次の一秒も沈黙。また一秒の沈黙。「そっ……」ノーボーダーはようやく喉から空気を絞り出した。

「イジオーット。いつまでしていますか? なんでもいい早くする。私が侵入する事をした非常口はあちらです」サボターは少し離れた所から声をかけ、ロシア風スリケンを投げて空いた手で一つの方向を指差した。右手の壁、イカの絵の向こうにアミダめいた非常階段。その中間にカーボンフスマ。

 「でっ……」ノーボーダーがまた何かを言いかけた。アングバンドは沈黙のままに片方のチャカ・ガンを袖口にしまい、空いた手でノーボーダーの腕を掴んだ。ノーボーダーはそれを振り払おうとしたが、出来なかった。ニンジャ膂力の差があるからだ。

 ノーボーダーはそのまま歩き出そうとしたアングバンドの腕を逆に掴んだ。「離してよ」「…………」「離してっ! 勝手に出ていくから」「…………」ノーボーダーは掴まれていた腕を反対側の手で擦った。内心を支配するのは捨て鉢な怒り、そして……。

 「……ッ……じゃあね! オタッシャ!」ノーボーダーはスネークフットを肩に背負うコックハートの背をどやすと、走り出した。


「……で、だよ」ノーボーダーが離脱を始めるが早いか、沈黙を埋めるようにアングバンドがチャカ・ガンをリロードしながら誰にともなく言った。「実際どうだ、これ。いけると思うかよ」

「例えばよ、アンバーンド=サンがサタナキア=サンにジツをブチ込めば終わると思うか?」アングバンドはもう一つのイクサ場を見遣っている。アンバーンドは、フレイムキャリアーと実際油断ならぬカラテ応酬を繰り出している。

「思わねぇな」ミゼリコルティアがスリケンを投げながら答えた。「サタナキア=サンは指輪の力でカトンを吸収してた。そう考えればこっちのカトン使いと"向こうの"カトン使いが抑制し合ってる現状はベストじゃねぇが、ベターではある」

「グワーッ!」アンバーンドの苦悶! ミゼリコルティアが皮肉気に口の端を歪める。「抑えられてれいればの話だけどな……」

「グワーッ!」モスキートの苦悶! フレイムキャリアーの方を見ながら太腿に己の手首の針を突き立てている!「ああ、忘れてた」ミゼリコルティアが頭を掻いた。

「モスキート=サン。『テメェに針を刺せっていう命令は撤回する』。『アンバーンド=サンを支援しろ』」「ヨ……」モスキートが素早くミワク・ジツのオーダー権利者を、即ちミゼリコルティアを見た。

「ヨロコンデー。支援行為ヨロコンデー。支援支援相互支援行為支援循環行為チャンスヨロコンデーッ! フィヒーッ!」モスキートは喜色も露わにカトン使い二人の致死的カラテに躍り込んでいく!

「……いいんかよ」「大丈夫かよ」アングバンドとキャタリナに不安げな視線を向けられ、ミゼリコルティアは肩を竦めた。「知らね」

 その時! 赤い光が一際強くなったかと思うと、四面の神秘的パターンが迫り出し、四枚のビヨンボめいて光源を囲み、グルグルと回転。それは円筒に。次いで球殻に! そして……「イヤーッ!」タタラ・ニンジャは巨大なを広げた!


 アンバーンドとフレイムキャリアー。コックハートらの一部撤退を決めた時にも、二人は変わらずカラテを繰り広げていた。「いいんですか!」「イヤーッ!」フレイムキャリアーは人差し指と中指で鈎爪で容赦ない目潰し攻撃!

「ヌゥーッ!」アンバーンドは下がりながら掌で指を払う、前にフレイムキャリアーは手首から先を上向けて回避、そのまま掌を掌でキャッチ! ワザマエ!対するアンバーンドは言葉を投げる! 「カズヤ=サンが行ってしまいますよ!」

 フレイムキャリアーは反対側の腕で爪攻撃を繰り出そうとして止め、バックフリップ回避をした。「フィヒーッ!」フレイムキャリアーは横合いから突き出された金属針を回避……それのみに留まらずサイドキック! アンブッシュを仕掛けたモスキートもまた素早く身体をくねらせ、かろうじてこれを回避した! アンバーンドは即興の連携めいて果敢に踏み込み、フレイムキャリアーの蹴り足、その足首を掴まんとする!

 その数瞬前。フレイムキャリアーの背から伸びる一対の捻じれた翼から、風もなく実が落ちるが如く、黒い円筒形のショットシェルが一つ、二つ……離れた。イクサの速度にあるニンジャ達に取ってはむしろ意識外となる、自由落下の速度。

 円筒は回転する……数瞬後……アンバーンドがフレイムキャリアーの蹴り足を掴まんとする……その円い面がそれぞれモスキートとアンバーンドを正面に捉えた。と、フレイムキャリアーの鈎爪が閃き、円筒の底部を切り裂いた。その瞬間、そちらが後ろで、反対が前となる。WHOOOSH!

 底面から青い炎が噴出! ジェット推進となってクロス軌道で二人のニンジャへと高速飛来した! KABOOM! KABOOM!「「グワーッ!」」スリケン以上の速度で放たれたそれが接触した瞬間、さらに直径1メートル程度のグレネード的爆発が生じ、アンバーンドはタタミ三枚分吹き飛び、たたらを踏んだ。

 モスキートは優にその倍は吹き飛び、フラッシュダウンを起こして尻餅をついた。これはモスキートがカラテに劣っているという事を意味しない。アンバーンドは熱によって生じるエネルギーをある程度逃がす事が出来るからだ。

「大丈夫だよ、ワカルから」フレイムキャリアーはだが、追撃するでもなく、フクロウめいて首をグルン、と巡らせ、ブツブツと呟いた。「目潰し攻撃は単純に二本の指で眼窩を真っ直ぐ狙うと素早いチョップで迎撃される危険性重点、ワカル。改善案は五つ……」

 アンバーンドは、対話が成り立たない事に呻く。だがその瞬間にもニューロンの大半は実際フレイムキャリアーの攻撃手段を分析する事に裂かれていた。一瞬の交錯、かつ半ばアンブッシュめいた攻撃であったが、大気中に残る熱の軌跡から推測が可能だ。

(((あのショットシェルに似たマテリアルの内部に炎が封じられている? それで片方を缶詰めいて切り開くと、反作用で飛翔する。つまり……特殊なカトン)))

「ならば……!」アンバーンドが手を翳す。「エン・ジツ!」「イヤーッ!」フレイムキャリアーもまたカトン使い同士何かを感じたか、初見のジツが発動する前に連続側転、フラッシュダウンを起こすモスキートを盾にする軌道! しかし……何も起こらない!

「効果、なしか……!」アンバーンドの狙いはショットシェル内部の炎に干渉し、自爆させる事であった。誘爆による過剰火力の発生を心配し、端の一つに的を絞ったが、そもそもショットシェル自体がカトン以外の要素で成型されている為、アンバーンドのジツでは内部の熱までの干渉ルートが構築できない。

(((確か最初に『オーロ・ジツ』と言っていたハズ……カトンとは別系統のジツ……いや、サタナキア=サンは"火"が必要……そして"保管が出来る都合のいい力"と……)))

「つまり、あなたのジツは」アンバーンドはジュージツを構えた。「殻を作るオーロ・ジツと、カトンの組み合わせ……!」フレイムキャリアーは僅かに首を傾げた。ペスト医師めいた鳥型フルフェイスメンポのその向こうの、表情は見えない。

 ただ、黄色の偏光レンズを通して超自然に発光する緑の目が、一瞬青に近く燃えたような気がした。アンバーンドは不思議と、目前のアヴェンジャーめいた少女と感情を共有したような感覚を覚えた。そして光が弾け──タタラ・ニンジャは巨大な翼を広げた。



 に刺さっていたロシア風・非ロシア風スリケンが四方八方に飛来!ミゼリコルティア、アングバンド、キャタリナ、サボターはそれらをプレーサーで、チャカ・ガンで、ナックルダスターで、カラテで叩き落す! だが……「シトーターム?」

「イヤーッ!」だが目前の光景を疑う間もあらばこそ、前に出ていたサボターとミゼリコルティアが同時に跳んだ! 足元を黒くぬめる何かが横薙ぎにする! 暴威! だが回避……「「グワーーッ!」」ブッダ!? 攻撃軌道の外にいたキャタリナとアングバンドが何らかの現象によるダメージ!

「何?」ミゼリコルティアが着地すると、足底から頭頂までを衝撃が貫き、視界がホワイトアウトした。(((マズ……!)))

 わずかな硬直。だがその僅かな隙にタタラ・ニンジャ……だったものは、もう目前にいる! 巨体・・に似合わぬ素早さ! 「パンキ!」サボターは空中にて状況判断、開脚動作で接地までの僅かの猶予を稼ぎつつ、ミゼリコルティアを突き飛ばした! サタナキアのナイフのような爪を備えた前脚・・が空を切る!

 ミゼリコルティアは空中で身を捻って着地、そのまま滑るようにステップインし、爪を備えた前脚関節部にアッパー! エルボー打ち下ろし! だが自身の腕を通して感じる手応えはゴム塊を打つが如し!

 「イヤーッ!」「イヤーッ!」 BRAM!BRAM! 効果なしと見るが早いか、スリケンが、ロシア風スリケンが、銃弾が、引き続き前腕に容赦なく撃ち込まれる……が、アングバンドの銃弾が僅かにを焦がした他は、スリケンすら逸らされて明後日に飛び去る!

 巨大な質量・・・・・、かつほとんどのアニマルが備える毛皮・・とは、伊達や酔狂や工業製品になる為に生えているのではない。それは石や爪牙はもちろん、刃筋の通らぬ刃物であれば容易く逸らす天然のヨロイなのだ!

「マジかよ」ミゼリコルティアは目線を前脚に固定したまま、ジゴクめいたローキックを放った。虚を突いた一撃! だがサタナキアはその巨体で・・・・・鮮やかなバック転を行い、一瞬で射程範囲の外に逃れた。

「お、そういえば助かったぜ。サボター=サン。お触り代は相殺してやるよ」ミゼリコルティアが先の突き飛ばしの礼を口にした。だが視線は油断なくサタナキアに向けられている。逸らせないのだ。「バリショーイヤ スパシーバ」

 サボターが苦み走った口調で返した。「助けられたと言えるのなら嬉しいですね?」「そうな。エート……」ミゼリコルティアが口の端を引き攣らせながら、改めてその威容を仰ぎ見た・・・・。「なんだありゃ」

 ミゼリコルティアの視線の先……変質したタタラ・ニンジャだったものは、異様なサイズ、異様なフォルムをしていた。胴体部だけで人一人分あるタヌキの胴。軽くフットワークを刻むカンガルーの逆関節脚。そして更には、ゴウランガ、三本の腕!

 正中線わずかに左側、即ち心臓の位置からはナイフめいた爪を備えるタイガーの前脚、120度回って背面からは巨大なコウモリじみた翼腕、右腕の位置には、得体の知れぬ黒くぬめる極太ミミズめいた不可解な触手だ!そして……その頭部は螺旋めいた角を持つ黒山羊!

 最早ニンジャの領域にすらない、ただ存在するだけで生命を冒涜するが如き禍々しきキメラが、確かな人間の意思、リアルニンジャの悪意を黒山羊の縦長瞳孔に宿し、そのワザマエでもってカラテを構えた。三本腕、全てが異形の理外のカラテを!

 怪物は口を開いた。その声はランダムな人間五十人をサンプリングしてミキシングしたような呪われし多重音──それはあるいは、糧にしたニンジャソウルの声であるのか。「火を入れよ。炉にくべよ。──母に。母に全て捧げよ」






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