薩摩の教え「男の順序」と聞き上手
薩摩の教えに「男の順序」というものがある。どこかで見聞きした方も多いのではないか。関が原で大活躍をした島津義弘公の教えとも言うが、本当の出所は不明らしい。
男の順序にならって「聞き上手の順序」を考えてみたい。
薩摩の教え 男の順序
1、何かに挑戦し、成功した者
2、何かに挑戦し、失敗した者
3、自ら挑戦しなかったが、挑戦した人の手助けをした者
4、何もしなかった者
5、何もせず 批判だけしている者
とても良い。挑戦することが一番大事で、何もしないもの、批判をするものに価値はないという内容だ。ここでは、1-3に疑問を挟む人はいないだろう。もっとも重要なのは4と5の並びだ。
批判だけをして挑戦しないのであれば、何もしない方がよい、と言っている。ともすれば、会社組織などでは、リスクを指摘することにも価値があると主張しがちだし、とらえられがちだ。そこだけ見ればその通りかもしれないが、結果としてそのような態度は全体の挑戦する姿勢を弱め、組織を弱体化させてしまう。ここに主軸があると思う。
そこで聞き上手に置き換えてみた。
こころみの教え 聞き上手の順序
1、人の話を聞こうとし、聞けたもの
2、人の話を聞こうとし、聞けなかったもの
3、自ら話を聞かなかったが、人が聞くことを助けたもの
4、何もしなかった者
5、人の話を聞かず、話をする者
どうだろうか。
こうみると、あえて1と2を分けていることにも意味があることが見いだせる。聞き上手に一番重要なのは心構え、人の話を聞こうとする姿勢そのものである、ということが浮かび上がってくる。実際には人の話を聞こうとして全く聞けないということはあまりないので、ここでは常に上を目指し、人の話を聞き続けようとする姿勢を持ち続けることができるか?と問われているように思う。
そして4と5の並びが重要だ。自分の話を滔々としてしまうようなら、何もしない、人の話も聞いていないくらいのほうが良い、ということだ。
ところが人は往々にして、人から相談を受けたときなど、どうしてもしゃべってしまう。相手がそれを求めていればそれでも良いが、本当にそうだろうか?本当に相手が求めているのは、まず話を聞くことではないだろうか?
常に戒めるべきものとして、心に留めたい。