夕羽振る図題③〜壮年期〜
「今夜はこの空に大きな花火が上がります! 」アナウンサーがテレビで嬉々として話す。
「ゴミ袋だした?」
「おう!あれ、今日って燃えるゴミであってるよね?」
「うん、ありがと、じゃあ…いってくるね」
「行ってらっしゃい」
汗のかいたコップのオレンジュースに、手をつける。相変わらず地球温暖化だの、テレビからは、毎年のように同じ文言が流れる。
「あついなぁ。」
今年も40℃を突破したとか、祝いたくないニュースが流れる。
とりあえず、目の前のタスクをこなすため、それを飲み干す。
酸っぱさが、嫌な気分も甘ったるい思考も飛ばしてくれる。
「よし、作業するか」
今日も近々ある展示に向けて、絵を描く。
名の売れた画家ではないが、彼女の支えでなんとか生活できるくらいには、売れている。
今までは、キャラクター絵画というものに属するものを描いていた。
だが、最近は、その画風にもう飽き飽きしていた。
なんとか藻掻いて、新たな画風を!個性の確立を!と描いてはいるが、中々抜け出せない。
「キャラクター絵画なんて、漫画家気取りの怠惰絵だ」
そんな批判が世間で賑わっていた。
別にそれに反抗する意思も、賛成する意思もないが、個人的には、飽きていた。
だからといって、何を描けば?と迷っている。
だが、芸術なんて既に漫画アニメには負けてると思う。
とはいえ、だからって何も描かなくてよい程、余裕もなく、とりあえず手を動かす。
「どうせ地獄行き 無いよひと続き」
スピーカーから、流れる曲が私を煽る。
諦めなのかもしれない。だが、下にいるからこそ上を向けるともいえる。そう思いたい。
昔、全てに期待しないで、「どうせ…」なんて諦めては、周りの人に嫉妬ばっかりしていた。
いや、勝手に自分に絶望していたのだ。
そんな自分が今では、表現者として光を浴びる立場になってしまうのだから、やっぱり人生は面白い。
「ねぇねぇ!私、今日仕事、休みだった!」
玄関から響く彼女の嬉しそうな声。
「そうなん?良かったやん!」
「いやー、仕事場まで行ったんだけど、よくよく考えたら、今日休みの日じゃん!ってね」
彼女がニコニコ笑いながらそう話す。
「気づかなかったん??」
「うん!」
自信たっぷりに放ったその姿。僕は、その笑顔に救われたことが何度とあったことか。
「でねでね、マック買ってきたんだよ!ポテト食べたくなってぇ」
両手いっぱいのマックの袋には、ポテトだけにしては量が多い。
「あ、それと、はい。タバコ!」
「ありがとう」
別に、出かけたらタバコを買わなきゃ行けないルールはない。だけど、こんな気遣いに嬉しくなる僕。こんな日々があるからこそ、あの時、腐らなくて良かったと常々思うのだ。
「さてさて、食べよ!」
テーブルいっぱいに広げたバーガーにポテトは、幸せの詰め合わせだ。
「いただきます」
「ごちそうさまでした」
片付けはいつも僕の役割。ゴミ袋に集めていた。
「そういえば、今日は何するの?」
ふと気になって聞いてみた。
「え、何もしなーい。ゴロゴロするの。暑いし、床の冷たさに幸せ感じるー。ぬくぬく。」
ぬくぬくって、ぬくぬくは暖かい布団の話じゃないのか。
「じゃあタバコ吸ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
同じ部屋のベランダなのに、そう言われると、まるで遠くに行くようで、申し訳なくなる。
さっき貰ったタバコを1本取り、タバコに火をつける。
ベランダから見える景色は、昔の自分が沢山通った場所。
桜の花がここに届くことを願った場所。
そして、変わることを決意した場所だ。
「ここ、いいよね」
いつ間にか隣に彼女が立っていた。
「君がここがいいっていうから、そうしたけど、悪くないね」
「え、なにそれ、嫌だったの?」
初めて聞いた話だった。
「そんなことないけど、なんでだろって思ってたから。でも今ならわかるよ、ここ、いいよ」
ふふっと笑いながら彼女は、僕にそう言った。
「でも、煙が顔にかかるのは嫌だなー」
「いや、それは反対行けばいいじゃん」
「そういえば、今はあの子いるの?あの白い子。雪だるまみたいな笑ってる子」
彼女が思い出したように聞く。
「いるよ、沢山。君の肩に乗ってる」
驚いた彼女は、どこどこ?ここ?って自分の体を触っていた。
昔、過去の賞状を見ていた時に突然現れたこいつらは、年月が経てば経つほどに増えていった。
結局、正体は分からないけど、見えるのは自分だけで、他の人は見えないということは分かった。
だが、こいつらのおかげで、僕は変わることが出来たんだと思っている。
最初は夢でも見ているんだと思っていたんだけど。
「タバコ吸い終わった?」
「うん」
「よし、じゃあゴロゴロしよー」
「え、なにそれ?」
彼女は半笑いの僕の手を取り、リビングに引き戻す。
「仰向け」彼女は床をトントン叩く。
「うん」言われた通り仰向けになる。
「よし、じゃあ隣に仰向けになるねー」
僕の隣に、横になった彼女は、仰向けのまま固まった。
「え……終わり?」
「そうだよ?」
またこの顔だ。自信たっぷりの顔。そんな顔を眺めながら、僕は目をつぶった。
「いいでしょ?こんな日々が幸せなんだー」
意識が飛ぶ中、微かに耳に響いた。
「ね、幸せでしょ?」
白いあいつが語りかける。
「いいね、いいね、大丈夫。なんとかなるよ。」
キャハハ笑いながら。
「ドォーーーーン」
突然鳴り響いた轟音で目を覚ました。部屋は真っ暗で、明かりが外から指している。
彼女は先に起きて、ベランダで空を見ていた。
「あ、起きた?こっち来て、みてみて、花火!」
振り返って、僕に手招きする。
そっか、今日は花火大会の日だった。とりあえずガチガチになった体を起こして、ベランダに向かう。
「ねぇ、私、お祭りって雨降りの日しか休みなくてね。晴れた日にちゃんと見れたの、初めてかも」
「同じかもな。晴れてた日って寝てたんだよなぁ。」
過去の記憶を思い出しながら、言葉を返す。
「わかる!寝てたり、仕事だったりね、やっと見れたー」
目の輝きなのか、瞳に映る花火なのか。彼女はとても嬉しそうだった。
花火が嫌いだった。五月蝿いとしか感じられず、1人「そこ」によく行っていたものだ。
だけど、今年は「そこ」から見えるこの花火は、悪くないものだと思えた。
「いいかもな。」
「え、なんて?花火の音と重なって聞こえなかった」
「なんでもない。ちょっと絵のアイディア浮かんできたから、ラフ描いてくる」
花火を背に、満面の笑みで、消えかかる彼女は僕に手を振る。
「うん、行ってらっしゃい」
そのまま僕は、ベランダから自室に向かう。
それが彼女との最後の交わした言葉だった。
「はっ。一体何故今になって…。あっちでも元気、してるといいな。」
テレビではアナウンサーが興奮しながら花火の実況をしている。
「そういうことか。」
興奮しすぎて、何言っているか聞き取りずらい。
「見てください見てください!大きな、大きな花火ですよー!花火!花火!」
今年の花火はもうすぐ最後の1発だ。
「デカイやつ、描いてやるか。タイトルは…何にしようかな。思いぶつけたいなぁ。」
今年は、25年間で1番デカイ花火だった。
もうすぐ夏が終わる。夜空にキラキラ残った火花が、秋を告げる。
そして、また桜の花が「そこ」に舞うのだ。
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