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バイバイ、グッドバイ。

「コレ見た!?やばくね!?」
スマホ画面に写る映画ポスターを見せる。
「え、うん。どしたの?」
僕の彼女は僕に反応が薄い。
「え、なに、その反応?この映画のシリーズ好きだったじゃん」
長い前髪が顔を隠すので、本当に影のような存在にしか感じなかった。
「いつもなんだけど、元気ないの?風邪引いた?」
「いや、別に。元気だよ。」
あっそう。そう思ってしまった。多分、あんまり好意がないんだと思う。
例えば、風邪を引いていたとして、看病しても「大丈夫」ってしか返されない。
例えば、「ヤバいね!」って反応くれたとしても、嘘くさく感じるんだと思う。
だから、今日も期待はしてなかった。
「ねぇ、いつまでこうなんだろうね」
彼女は僕の方を向かず、遠い空をリビングの窓から眺めたまま言った。
「私ね、貴方がどう思っているか、大体わかってるの。だから、そんなに頑張らなくていいよ」
これは宣言だ。終戦のためのポツダム宣言があったように、2人の終戦のための宣言。
「…うん。」
何も言葉が出なかった。いや、言葉には出来たのだけど、噛み殺した。何を言っても仕方ないから。理想が理想のままのよう、現実はこのまま変化が起きない。
「そうやって、私が貴方の事を話すと何も言わなくなるの、昔から変わらないよね。」


私の彼氏は、いつも私を楽しまそうとしてくれる。付き合い始めからずっと。もう毎日ずっと。
だから、頑張って笑っていた。
それでも頑張っていることは分かっていた。
魘されるように寝る彼は、寝言でいつも「大丈夫、大丈夫だから」
って呟いていたから。
私も彼もお互いに、頑張ってこの平穏な暮らしを維持していたんだ。
その事に気づいてしまって、ここ数週間は頑張る事を止めていた。
今日も彼が楽しそうに、私に話しかける。
でも、私が頑張ってないから、彼は心配しそうな顔になる。
そんな彼は私に優しすぎる。優しすぎるから、私は辛くなるの。
だから、彼の考えてる事はわかる。私は彼に好意がないんだって思ってること。
それでも頑張って積み上げた日常を崩さないように、少しづつ崩れたところを抑えながら、私に接する。
「ねぇ、いつまでこうなんだろうね」
もう無理しないで。このままだと君は持たないよ。
「私ね、貴方がどう思っているか、大体わかってるの。だから、そんなに頑張らなくていいよ」
私は頑張って幸せにはなりたくない。自然に笑いたい。それだけなの。
彼が素っ気ない返事をする。
「そうやって、私が貴方の事を話すと何も言わなくなるの、昔から変わらないよね。」
私は思っていたことを吐き出した。こっちが吐露すれば、彼もまた話してくれると思ったから。


「あの、さ。もう俺らはダメ…なのかな。」
僕はついに言葉にした。終戦になるのなら、それは平和に向かうはずだ。そのためにも行動にしなければならない。
「もし、もしさ、今からやり直せるとしても、もう遅いのかな。」
「うーん。そうだねー。そうかもね。」
悔しさが身体全体を覆うのがわかる。拳にも力が入る。
「何が悪かったのかな。なんでこうなっちまったのかな。」
情けない言葉が溢れ出る。
「ううん。別に誰が悪いとかじゃないよ。君も悪くないし、私が悪い訳でもない。そうなっただけ。ただそれだけなの。」
彼女がぽつぽつと話し始める。
「ねぇ 。昔、付き合った当初さ、私に言ったの覚えてる?
 『俺、ずっと君を笑顔にさせるから』
って。私ね、凄く嬉しかったんだよ。
でもね、段々分かってきちゃったの。君は、そんなに上手く立ち回れる人じゃないって。だから気づいていたの。ずっと頑張ってくれてるんだなぁって。最初はね、私もそんな君が有難くて、心から嬉しかったんだ。でもね、気づいちゃって、君がガッカリしないようにって私も頑張るようになってたの。
それで思ったの。このままでいいのかなって。ほら、私もそんなに器用な人間じゃないからさ。
だから君が最近変に感じてるのは、私に対してだけじゃなくて、こんな日常についてなんだよ。」

こんな事を言う時が来るとは思っていなかった。私だって、ずっと笑顔になるって本気で思ってたから。
「そう…だよな…。あー!どうしてだろうな!」
彼が髪をクシャクシャにして叫ぶ。
「俺さ、最初頑張ろって意気込むんだけど、大体最後には、悲しませる笑顔にさせてしまうんだ。でも毎回それって自分の事しか考えてないって、最後の最後に分かってそうなるんだよな。」
彼は、涙が溢れるのを堪えながら話してた。

「変わらないな。変われないのかな。俺は。」
彼がぽつりと零した言葉が、今まで聞いたよりも1番本音だと感じた。

「そんな事ないよ。」
彼女はそう言った。それは慰めなのか。真実なのか。よく分からなかった。

「え、何でそう思うの?」

「私ね。変わらないってことはないって思うんだ。変わらないんじゃなくて、変わってるんだけど、理想通りにはならないだけ。それぞれのそれぞれの道にみんな進んでるんだけど、満身創痍にってことはないと思うの。どこかで妥協して、どこかで諦めて、『こんなもんか』って笑って生きてるんだと思う。
でもね、君は、それを諦めてない。だから私はかっこいいって思うし、尊敬してる。
さっき、変われないって言ったけど、理想への変化を求めてる限り、君はかっこいい。
ごめん、なんか語っちゃって。」
彼女がこんなに自分の考えを話すのは初めてだった。
「だから、だからね。君は諦めちゃダメ。私は君とは一緒に居られなくなるけど、応援してる。」
僕は、何も言えなかった。いや、それが正解とでも言うように、決意してしまったから。
「うん、分かったよ。ありがとうな。とりあえず涙拭けよ。最後くらいそんな顔でいるなよ」
「うん、こちらこそ、ありがとう。」

そのあとも僕は思い通りに行かなくて、やっぱり、ずっと悔やんで悔やみっぱなしの人生だった。でも、彼女との日常は僕の糧になっている。
別れの最後、お互いに手を振りあったあの日は、夏も終わりの頃、髪の短い彼女の顔に、やわらかな夕日が掛かって、今までで1番美しい笑顔だった。

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