世界の紙を巡る旅|そしてわたしは、紙をすきになる[第9話]
「今 担当している企画展が全部終わったら、仕事を辞めたいです。」
唐突に切り出したわたしの言葉を聞いたときの店長の顔が、忘れられない。どうして辞めるの?と聞かれて
「世界一周して、もっとたくさんの手仕事と文化に触れたい」
と答えると、
なぜか満面の笑みに変わって
「なみえさんらしいです(笑)期間はどれくらいの予定ですか?なみえさんさえ良ければ、退職じゃなくて休職にしましょ。」
と言ってくれた。
それが、2018年8月のこと。そこから今日まで、家族も友だちも先輩も初めて会う人も、誰もわたしの選択を咎めずに応援してくれた。
8月からの半年を思い返すと、他人事みたいに めまぐるしかったなと思う。
わたしはよく「落ち着いてる」とか「穏やか」「静か」と言われる人間で、感情の起伏が小さい。だけど、自分でもびっくりする行動を不意に選び取ってしまうときがあって、冒頭の発言もそうだった。
店長に「仕事を辞める」と言いながら、「あ、わたし今言ってんな、言っちゃってんな、まじか、辞めるのか、ほんとに世界一周すんのか」と思っていた。
どうしてこうなるのか、自分でもわからない。
やりたいことが集まって、すぐにはできなくて、でもやりたくて、「やりたい気持ち」が箱から溢れたとき、できるかできないかの計算や叶えるための計画を飛び越えて、気づいたらやらざるを得ない環境を自ら作っている。
二十歳を越えて、社会人になったら、こんな感覚はなくなると思っていたのに。また、自分のやりたいことに素直なだけの選択をしてしまった。周りへの迷惑なんて考えずに、勝手に決めてしまった。
やりたいことを選び取ったはずなのに、自己嫌悪に苛まれることもあった。
だけど、やるって決めて、やるって言ってしまったら、やるしかないので。せっかくやるなら、一人でも多くの人に楽しんでもらえたら嬉しいなと思います。
そんな気持ちで、「kami/」という屋号を掲げて、noteを書いたり、Instagramを更新したりしています。
「なんで世界一周行くの?」「なんで紙なの?」と
何度も聞かれたけど、すきだから、惹かれるから、以上の理由なんてないです。
24年間の経験を通して、旅の中での出会いほど心地よくて大切で、なくしたくないものはありませんでした。手仕事を巡る旅を通して出会った人や場所、文化、ものがどうしようもなく素敵だったから、わたしはもっと出会いたいし、その魅力を語りたいし、伝えたいし、そこで出会った人たちと一緒に仕事をしたい、と思います。
わたしは、紙がすきです。
わたしは、旅もすきです。
紙と旅を通して、わたしの中の世界は広がり、たくさんの人とつながれるようになりました。
わたしがわくわくしたものを伝えることで、誰か一人でも楽しい気持ちになってくれたらうれしいです。
誰かの知りたいことやほしいものを、わたしが代わりに見にいくことで役立てるなら、喜んでおつかいします。
世界中にこんなにもたくさんの種類の紙があること。
それが人の感じることや伝えたいことの豊かさに由来するとしたら。
どんな紙があるのかを知り 紙の選択肢を増やすことで、人はより広く豊かな表現ができるようになるんじゃないか。そんな風に思っています。
今は言葉でしか語れない感覚をもっと違う形で私自身が表現できるようになるためにも、たくさんのことを感じ取る旅にしたいです。そして、「世界の紙を巡る旅」のあとに、紙のことをもっと好きになれていたらいいなと思います。
勢い任せに始まってしまった旅ですが。約1年間、見守ってもらえると幸いです。
2019年3月2日
kami/ 浪江由唯