小さな野草のお花屋さん|そしてわたしは、紙をすきになる[第2話]
その花な、オオイヌノフグリって言うんやで。いつか彼女が教えてくれた花の名前を思い出す。小学生になる少し前、彼女はいつも小さな図鑑を持ち歩いていた。
記憶上、最初のわくわく。
記憶を # わくわくしたこと だけに絞り込んで時系列に並べたとき、一番はじめにある記憶はどんなものだろう。
わたしにとってそれは、オオイヌノフグリという植物に出会った瞬間だった。
正確には、オオイヌノフグリという植物の秘密を図鑑で知ったとき。
小学生になる前の年の春、保育園で図鑑が配られた。道ばたに生える植物が季節ごとに分けて紹介された小さな図鑑。
その中の春のページでオオイヌノフグリを見つけたときの感覚を、何度も鮮明に思い出す。
きっとアダムとイブが林檎を食べて知恵を得た瞬間も、あんな感覚だったと思う。(知らんけど)
オオイヌノフグリ。春先に咲く、青くて小さな花。花と茎を繋ぐ首みたいなところがとても柔らかいのは、ミツバチがミツを集めようと花に留まった瞬間 花が下を向くようにするため。それによって落ちないようにミツバチが花にしがみつき、脚に花粉がたくさん付く。
というのを図鑑で見て、衝撃を受けた。
「この花むっちゃ賢いやん…!
しかもかわいいし!!」
家に帰って散策し、近くの空き地で見つけたオオイヌノフグリの花に指で触れると、本当に簡単に首が曲がった。
「ほんまや!あの図鑑に書いてあることほんまや!」
その後しばらく図鑑を持ち歩き、道ばたの草花と見比べて 図鑑に載っているものを探す遊びにハマっていた。
タンポポやシロツメクサ、カラスノエンドウ、ハルジオン、、、
図鑑で知ったことを誰かに伝えたくて、紙に説明文を書いて 割り箸に貼って、植物の近くに立てていた。
こんな風に その辺に生えている植物の秘密をたくさん伝える「小さな野草のお花屋さん」になりたいと思っていた。
図鑑を通して、それまで見てもなかった小さな植物1つ1つに名前があり、生き延びるための知恵や工夫を持っていることを知った。
自然や草花の豊かさを知った。
それを誰かに伝えたいという感覚を覚えた。
道ばたの小さな野草が、世界への好奇心の扉を開けてくれたこと。
植物から作られた紙が、同じようにさりげなく当たり前にわたしたちの側にあること。
これが、わたしが紙をすきになった理由のひとつです。