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なりたいにんげん

「その冗談はおもろないわ。」と誠一は、クスクス笑いながら言った。
空は、誠一に失望している様子だ。

「私、もっと気持ちが通じ合う人と時間を過ごしたいのよ。よかったのははじめの3週間ね。それ以降はマラソンの授業と同じで嫌な気分なのよ。」

誠一は、全く予想だにしない空からの発言に内心少し苛立ちながらも、何とか空の気分が良くなるように愛想ふりまいた。
「なんでや。今の今まで好きや好きや言うてたやないか。僕も君のことが実際に好きやし、付き合ってからもどんどん更に好きになってんのに。」

空は、誠一の見え透いた上辺だけの言葉に更に苛立ち、つい眉間に皺がよった。
「ストレスって身体に良くないのよ。あなたが私を好きかどうかなんて聞きたいわけじゃないの。私はあなたに失望したって言ってるのよ。一つの通知ね。」

誠一は、言われている言葉の意味は理解できたが、納得はできないでいた。
と言うのも、昨日誠一から今度の秋には温泉旅行に行こうと誘った際、空は心底嬉しそうに、「あなたと温泉旅行に行けるなんてとても楽しみ。温泉に浸かって、朝には綺麗な景色の中を手を繋いでゆっくり歩くのよ。素敵じゃない?そうね、長野なんて素敵ね。」と、はしゃいでいたのだ。

「とにかく、私たちはこれで終わり。さよなら。」そう言って、空は隣の席に置いていた小さいバッグを乱暴に手に取り、店を出て行った。

誠一は、自分のこれまでの行動や発言で空にとって嫌な気持ちをさせたことを無理にでも思い出そうと努めたが、今思い出せるのは昨日のはしゃいでいた空の様子だけだった。

---ゲームオーバー---
画面に文字が点滅した。

しばらくすると教習所のいかにも熟練といった感じの40代後半の女性職員が部屋に入ってきた。「惜しかったわねぇ。どこがダメだったかわかる?さぁ、次の行動のためにはまずは反省からよ。」

僕は重たいVRグラスを外しながら、頭を捻った。「全然わからないです。昨日まで空はあんなに楽しそうにしていたのに、温泉旅行まで約束したし。何が悪いのかさっぱり。」

熟練職員は慣れた様子で簡易のWEBテキスト(※)を開いた。
※20cm程の2本の棒をそれぞれ左右に広げると広げた間に任意のテキストを表示できるもの。
「ここね。まず15ページのところ。関西弁を選択したのなら、もっとボケないといけないのよ。ボケが少なすぎるわ。データでは1日8個はボケないとダメね。関西弁を選択したのにお洒落な感じはむしろマイナス。それと、テキスト飛んで120ページ。空は髪を切っていたでしょ?あなたそれを褒めた?」

僕は女性とのコミュニケーショの難しさを痛感した。「そうか、関西弁なのにボケが少なかったのか。それにしても1日8個か。1番多い日でも確か5個だったな。それに髪を切ったのは勿論分かっていたけど直接的には褒めなかった。」

熟練職員は得意な顔で言った。「なぜ、関西弁にしたの?そしてなぜ、髪の変化を直接的に褒めなかったの?」

「関西弁は女性からの人気もあると聞いていたし、僕は少し悪さを感じる強い男に憧れてるんです。だから関西弁にしました。髪の毛は今日朝に会った時、涼しくてさっぱりしたなぁ。って言ったんですが。」

熟練職員は更に得意気になって言った。「悪さを感じる男、そして関西弁が人気なのは、そのとおり、よく勉強しているわね。ただね、悪さを演出するためには初めての泊まりデートで長野はダメよ。長野と温泉は誠実さを売る男の選択肢。関西弁を使う場合はボケのレベルが高くかつ、数も多くなくてはいけないの。つまりハイリスクハイリターンなのよ。あなた本当は少し静かなタイプよね?あなたのなりたい希望はわかるけどあまり無茶するとダメね。」

どうやら僕は僕自身をまだ理解できていないようだ。

熟練職員は更に続けた。「髪の毛についてだけど、涼しくてさっぱりしたねってそれ褒めてるの?どういう意味かわからない女性もいるのよ。もっと直接的にわかりやすく褒めなきゃ。むしろ似合ってないのかな?って不安になるじゃない。」
僕は何となく分かったような分かっていないような感じだった。「じゃあ例えば、さっぱりして素敵だね。だったら大丈夫ですか?」
「まぁ、それなら大丈夫ね。つまり、結論は何なのかをちゃんと言うことね。素敵なのか、可愛いのか、美しいのか」
「そんなもんですか。」
「えぇ、そんなものよ。直接的に分かりやすくよ。」

超少子高齢化が進んだ日本では、政治家たちの政策競争の末、実体のない政策ばかりが打ち出され抜本的な少子高齢化対策は為されなかった。
そんな折、物価が下がり続ける日本を嫌った働き手の若い男たちは経済成長著しいアフリカ地方へ夢と金を求めて流出した。
アフリカでは男尊女卑の文化が地方都市には残っており、若い男たちはアフリカ女性たちから慕われることの満足感から逃れられず約55%の35歳未満の男たちは日本を捨てた。
日本には競争社会から取り残された男性日本人しか残らなくなり、一方で彼らが残された女性たちとうまくやっていくしか国力改善の余地はなかったのだ。
日本に残る女性たちは、日本に残る男性を競争社会から弾かれた低能な人間と馬鹿にし、全く興味を示さず働き手である欧米やアジア男性との結婚と出産が一般化された。

純日本人が著しく減少する現状に対し、政府は高額な税金を投入し、日本に残る男子30歳未満の男子たちを魅力的にすべく「日本恋愛高度訓練所」を立ち上げ、自己負担は少額で恋愛の歴史、奨励される所作やファッション、性的教育を徹底して教育することとしたのだった。

この制度の実際的な成果としては、現在のところ日本人同士の婚姻率がほんの僅かながら改善したのみであり、一部の政治家を除き有効性を説くものはおらず、多額の税金と政治家や広告代理店の癒着の温床になっているというのが国民の認識である。

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