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名作選12「親ゴコロ」

紙袋、包み紙、リボン、全部取っていたなんて。
「俺はすぐに大事な物を失くしちまっていけねぇ」って言うからさ、誕生日も父の日も消えものにしてたのにホントに、もう。

2021年「あの人との、ひとり言」コンクールカメヤマ賞受賞作品より
埼玉県 あんのくるみさん(女性)
手を合わせるお相手:父


「ママこれあげる」

見ると小さな紙に何やら書いてある。難解な文字らしきものと赤い丸がふたつ蝶々のように描かれている。

「ありがとう!」

と喜んでみせると、娘の顔がみるみる笑顔になってちょっと得意げな表情をする。ママが喜ぶことがとにかく嬉しいのだ。

ある日、保育園から帰って来た娘を夕飯前にお風呂に入れようと準備をしていた。準備できたよ、と呼んでも一向に来ない。さらに大きな声で呼ぶ。それでも来ない。

「なにやってるの!早く来なさい!」

思わず叫んだ。

すると、ズボンのポケットに小さな手を突っ込んでもじもじしている。うーうーとなにかもごもご言っている。

「あのね、あのね」

「いいから早く洋服脱いでちょうだい」

急かされてますます困った顔をして、娘がこう言った。

「これ、ママにおみやげなの。今日ね保育園でお散歩にいってね、かわいい花が咲いてたから、ママにおみやげなの」

小さなてのひらから出てきたのは、押しつぶされてしまった白い小さなお花だった。ママの喜ぶ顔が見たくて、娘なりに考えてそっとポケットに忍ばせていたのだった。

せっかくびっくりさせようと思ったのに、つぶれて花びらもバラバラになってしまった小さな白い花。

「お花こわれちゃった」

小さな涙の粒がまんまるいほっぺにポロンとこぼれた。

なぜ急かしてしまったのか。なぜ待ってあげられなかったのか。こちらこそごめんねと、娘を抱きしめて泣いた。こんな素敵なお花をもらったのは初めてだよ、ありがとう。

その一件以来、娘が一生懸命に作ったもの、書いたもの、拾ってきたものはほとんど保管してきた。さすがに大きなものは場所をとるので、写真に収めてさようならすることもあるが、他は今もほぼ残してある。

初めて切った髪の毛
初めてお花見に行ったときの桜
母の日にくれたお手紙
サンタさんに宛てた手紙
チラシの裏のお絵描き

大きな箱にすべて詰め込んでいて、捨てられない。


紙袋、包み紙、リボン、全部取っていたなんて。

作品より抜粋


この気持ちは痛いほど分かる。くれたものは全部とっておきたいのだ。可能な限り。そんなものとっておいてどうするの?と言われるようなものまで、すべてが愛おしい。

「俺はすぐに大事な物を失くしちまっていけねぇ」って言うからさ、誕生日も父の日も消えものにしてたのにホントに、もう。

作品より抜粋

この気持ちも分かり過ぎるほど分かる。少し大きくなると、自分のお小遣いの中から何かを買ってくれようとするが、欲しいのはお金で買えるようなものではなく、娘の気持ちだったりする。

けれど、それを端的に表現できるようなものは見当たらずつい「何もいらないよ。何もいらないからね!」とただ「いらない」を念押ししてしまったりする。でもよく考えたらこれは、何かあげたいと思ってくれている娘の気持ちを単に拒否しているようにも取れる。

その点、この作品のお父さんは素晴らしい。
「俺はすぐに大事な物をなくしちまっていけねぇ」という言葉には、相手を思いやる愛があふれている。欲しくないわけじゃないんだけど失くしちゃうからねと、やんわり断っている。なぜ断るのかは「娘に気を遣わせたくない」「ムダなお金を使わせたくない」「そのお金で自分のものを買って欲しい」という、親心に他ならない。

そんなお父さんが亡くなって、これまでプレゼントしてきたあらゆる紙袋、包み紙、リボンが、大切に保管されていたのを目の当たりにした作者は、その大きな愛に震えたに違いない。照れ笑いするお父さんの顔が見えかくれしながら。


このブログでは、「あの人との、ひとり言」コンクールの入賞作品の中からランダムにチョイスした名作たちを紹介して参ります。作者の心情に寄り添ったり、自分もこういうことがあったなと思い出を探してみたり、コンクール応募のきっかけにもなれば・・・という思いで、不定期に更新していきます。

ステキな作品に、どうぞ出会ってください。

「あの人との、ひとり言」コンクール 応募要項
【賞】

大 賞   [1名様]賞金5万円 カメヤマ商品
審査員特別賞[1名様]賞金2万円 カメヤマ商品
ペット賞  [1名様]賞金2万円 カメヤマ商品
カメヤマ賞[20名様]JCBギフトカード 5,000円 カメヤマ商品
入 賞 [100名様]カメヤマオリジナルグッズ
WEB応募者全員にカメヤマネットショップで使える500円オフクーポンプレゼント

【募集内容】
手を合わせると出てくる「あの人との、ひとり言」
※未発表の作品に限る
※助詞や語尾を変えただけの類似作品や同じ作品の二重応募は不可

【テーマ】
亡くなられた大切な方に向けて手を合わせたとき、あなたの心にはどんな言葉が浮かびますか?手を合わせると出てくる言葉を募集します。

【提出物】
●作品
※80文字以内
※郵便ハガキで応募の場合は、以下の事項を記入
氏名・フリガナ・性別・年齢・ペンネーム・郵便番号・住所・電話番号・投稿文・手を合わせる相手
※複数回の応募可

【参加方法】
提出物を下記提出先まで郵便ハガキにて郵送
または、公式ホームページの応募フォームより投稿

【参加資格】
不問
※本名で応募すること

【応募期間】
2023年6月1日(木) 〜 2023年9月30日(土) 23時59分
※官製はがきによる応募の場合は 9月30日当日消印有効

【審査員】
湯川れい子(音楽評論家、作詞家)
右田昌美(クロワッサン編集長)
若林剛之(SOU・SOU プロデューサー)
木村光希(株式会社おくりびとアカデミー 代表取締役)
谷川花子(カメヤマ株式会社 代表取締役会長兼CEO)
※順不同、敬称略

【結果発表】
入賞作品は、厳正な審査の上、当サイト及び雑誌『クロワッサン』12月8日発売号誌面にて発表

【著作権の扱い】
入賞作品の発表や出版に関する著作権は、二次利用を含め、カメヤマ株式会社に帰属

【応募・問い合せ先】
カメヤマ「あの人との、ひとり言」コンクール事務局【WEBで応募】
コンクール公式サイト https://www.kameyama.co.jp/hitorigoto/
郵送で応募〒519-0111 三重県亀山市栄町1504-1 カメヤマ株式会社
お問い合せ先0595-86-0102
 ※10時〜17時(土日祝日・8月11日〜8月16日を除く)

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