名作選12「親ゴコロ」
「ママこれあげる」
見ると小さな紙に何やら書いてある。難解な文字らしきものと赤い丸がふたつ蝶々のように描かれている。
「ありがとう!」
と喜んでみせると、娘の顔がみるみる笑顔になってちょっと得意げな表情をする。ママが喜ぶことがとにかく嬉しいのだ。
ある日、保育園から帰って来た娘を夕飯前にお風呂に入れようと準備をしていた。準備できたよ、と呼んでも一向に来ない。さらに大きな声で呼ぶ。それでも来ない。
「なにやってるの!早く来なさい!」
思わず叫んだ。
すると、ズボンのポケットに小さな手を突っ込んでもじもじしている。うーうーとなにかもごもご言っている。
「あのね、あのね」
「いいから早く洋服脱いでちょうだい」
急かされてますます困った顔をして、娘がこう言った。
「これ、ママにおみやげなの。今日ね保育園でお散歩にいってね、かわいい花が咲いてたから、ママにおみやげなの」
小さなてのひらから出てきたのは、押しつぶされてしまった白い小さなお花だった。ママの喜ぶ顔が見たくて、娘なりに考えてそっとポケットに忍ばせていたのだった。
せっかくびっくりさせようと思ったのに、つぶれて花びらもバラバラになってしまった小さな白い花。
「お花こわれちゃった」
小さな涙の粒がまんまるいほっぺにポロンとこぼれた。
なぜ急かしてしまったのか。なぜ待ってあげられなかったのか。こちらこそごめんねと、娘を抱きしめて泣いた。こんな素敵なお花をもらったのは初めてだよ、ありがとう。
その一件以来、娘が一生懸命に作ったもの、書いたもの、拾ってきたものはほとんど保管してきた。さすがに大きなものは場所をとるので、写真に収めてさようならすることもあるが、他は今もほぼ残してある。
初めて切った髪の毛
初めてお花見に行ったときの桜
母の日にくれたお手紙
サンタさんに宛てた手紙
チラシの裏のお絵描き
大きな箱にすべて詰め込んでいて、捨てられない。
この気持ちは痛いほど分かる。くれたものは全部とっておきたいのだ。可能な限り。そんなものとっておいてどうするの?と言われるようなものまで、すべてが愛おしい。
この気持ちも分かり過ぎるほど分かる。少し大きくなると、自分のお小遣いの中から何かを買ってくれようとするが、欲しいのはお金で買えるようなものではなく、娘の気持ちだったりする。
けれど、それを端的に表現できるようなものは見当たらずつい「何もいらないよ。何もいらないからね!」とただ「いらない」を念押ししてしまったりする。でもよく考えたらこれは、何かあげたいと思ってくれている娘の気持ちを単に拒否しているようにも取れる。
その点、この作品のお父さんは素晴らしい。
「俺はすぐに大事な物をなくしちまっていけねぇ」という言葉には、相手を思いやる愛があふれている。欲しくないわけじゃないんだけど失くしちゃうからねと、やんわり断っている。なぜ断るのかは「娘に気を遣わせたくない」「ムダなお金を使わせたくない」「そのお金で自分のものを買って欲しい」という、親心に他ならない。
そんなお父さんが亡くなって、これまでプレゼントしてきたあらゆる紙袋、包み紙、リボンが、大切に保管されていたのを目の当たりにした作者は、その大きな愛に震えたに違いない。照れ笑いするお父さんの顔が見えかくれしながら。
このブログでは、「あの人との、ひとり言」コンクールの入賞作品の中からランダムにチョイスした名作たちを紹介して参ります。作者の心情に寄り添ったり、自分もこういうことがあったなと思い出を探してみたり、コンクール応募のきっかけにもなれば・・・という思いで、不定期に更新していきます。
ステキな作品に、どうぞ出会ってください。