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ラーメン屋のバイト初日にラーメン以外の全メニューを作れるようになってしまい、自分の才能が怖くなって2日目にバイトとんだ話

大学3年生の頃、ショッピングモール内のフードコート、その中の新規入店のラーメン屋でバイトを始めた。
志望動機は大学から近かった事と、オープニングスタッフという事。
既存のバイト先では、最初の転校生のように扱われる感じや、周りがバリバリ働く中で狼狽えるしかない劣等感が居心地を悪くさせる為あまり好きではない。
オープニングスタッフにはそれがないのが良い。
高1の1学期のような雰囲気でスタートラインも同じ。
ある程度自分がその関係性を築く事に着手できる為、大学生以降始めるバイトはオープニングスタッフばかりだった。



そこは徳島ラーメンのお店だった。
研修と開店初日の為に徳島の本店から多くの社員が来ていた。
鳴門魂を引っ提げた屈強な男達で、「この店舗の成功を皮切りに徳島以外でもどんどん展開して行きたい」という社員達の熱量が店中に充満していた。
研修では様々な説明を受けたが、アルバイト達に主に話されたのはまずは社員の作業の手伝いから始めていくという事。
メニュー作りを任すのは手伝いを1ヶ月程重ねて、そして賄いで試しに作り社員からOKが出てからという事。
とにかく焦らずじっくり出来るようになればいいからという事だった。
本来研修は3日ほどあったが僕は都合が合わず開店前日の1日しか参加出来なかった。
しかしそこで同じ大学の女の子が居て優しく話しかけて来てくれた。
僕は明日オープンから、彼女は授業終わり昼過ぎからというそれとない話をして、その日は終わった。

開店初日。
徳島から来た社長の元気な挨拶でその日は始まった。
呼応する社員達。
その熱量に感化され、目をたぎらせるパートのおばちゃん達。
とにかく頑張らねばと根拠のないやる気を持ち合わせた学生アルバイト達。
そして「うわぁバイト先ミスったかもなぁ」と不安になる僕。
そんな社員4人、パートアルバイト4人の陣形で我が徳島ラーメン屋は開店した。

僕は男性社員Aさんと丼コーナーを任された。
任されたと言っても最初はAさんが焼豚丼とネギ塩丼を作るのをひたすら横で見るだけ。
次第にその丼の縁が汚れていたら拭いたり、タレだけをかけたり、注文が増えたら先に具材だけ切って準備していたり、とにかく手伝いに徹した。

最初こそちらほら客が来る程度であったが、流石は西宮ガーデンズ。
平日にも関わらず、気づけば昼前にはフードコートが人で溢れかえっていた。
オープン初日という事もあり店には長蛇の列。
しかしオープン初日という事もあり店内は回転率が明らかに悪く、列は伸び注文は溜まっていく一方で、店内は社員達の徳島弁での怒号が飛び交う酷いパニック状態であった。
正午を周り忙しさがピークに達した頃、意気揚々とラーメン場を仕切っていた社長が「おいA!お前こっち手伝え!!」と言った。
Aさんは「はい!!!亀谷君ごめん!ここ任す!」と告げ、立ち込める湯気の中に消えて行った。


え、1ヶ月手伝うんじゃないの?
賄いで試しに作っていってからって言ってなかった?


僕が戸惑っていても注文が止む事はない。
僕は焼豚丼とネギ塩丼の需要の高さを肌で感じながら見様見真似で必死に作っていた。
すると「おいそこのお前!丼遅い!!!もっとはよ出さんかい!!」
社長が独特な阿波のイントネーションでそう叫んだ。
僕は徳島の方向を睨みながら必死に焼豚を切り、ネギとバラ肉を調理し、丼にご飯を盛りと二種類の丼の複数ある行程を効率良く行なっていた。
僕の成長曲線は早熟タイプのようで、数十分もすれば丼コーナーは相当な余裕を持っており、逆にラーメンの完成を待つくらいだった。

丼コーナーの後ろに餃子コーナーがあった。
餃子も確か3種類ほどあり、そこは男性社員Bさんが1人で回していたのだが、てんやわんやな状態で「おい!B!餃子早くせんかい!」と社長に言われる始末であった。
「ごめん亀谷君、手空いてたらこっち手伝ってくれへん?」

丼を作りながら餃子を手伝う働き始めて2時間弱のスーパールーキー。
他のバイトは複数人で注文をとったり洗い物をしたりしている。

丼と餃子の手伝いの両立に慣れて来た頃、聞き覚えのある阿波弁が湯気の向こうから聞こえてきた。
「おいB!!!お前もうそっちええ!!こっち来てラーメンやれ!!!」

「はい!亀谷君ごめん!ここ任す!」


やから1ヶ月は手伝いって言ってたよな?
ほんで賄いで試しにって。
なんならすぐにはOKも出さへんから的な感じやったやん。

フードコートにあるその店のメニューは一種類のラーメンと二種類の丼と三種類の餃子しかない。
図らずして6分の5を手中に収めた僕はある種の覚醒状態に入り、徳島を地図から消す方法を考えながら、異様なスピードで丼と餃子を捌き続けた。
その時にはもう店は完全に僕を中心に回っており、僕は社長に「すいません!!もうずっとラーメン待ちなんで!急いでください!」と言える程の存在に成り上がっていた。
ここまで働き始めて3時間ちょっとの話である。

すると昨日少しだけ話をした同じ大学の女の子が出勤して来た。
「おはようございま〜、、、」
彼女は目を丸くしていた。
そりゃそうだ。
「初出勤お互い頑張ろうねぇ」と昨日軽く励ましあった僕が、今や鬼神の如く店内を縦横無尽に駆けている。

「〜ちゃん!!あそこ手伝ったって!!」
そう言われ彼女は恐る恐る僕のディストピアにやって来た。


「亀谷君?何かやる事あるかなぁ?」


「すまない、もう僕と君とでは住む世界が違うんだ、シュ〜」
僕は餃子と自分の心に蓋をしながら彼女にそう告げた。
その時の僕はもう誰の力も必要としていなかったのだ。


最強が故の孤独。


いつからこうなってしまったのだろう。
決して強くなりたかった訳ではない。
弱さを理由に群れる事を恥じていた訳でもない。
ただ、ただ、僕には徳島ラーメン屋としての才能があり過ぎた。
きっとそれだけだ。
あぁ、、、弱くなりたい。



退勤の時間が来た。
「お疲れ様でした」
僕は徳島ラーメンの全てを悟り、絶望した目でそう告げた。
そんな僕と対照的に社員達は目を輝かせながら「亀谷君ほんまにありがとう!!!また明日もよろしくね!!!」
そう言った。


明日には確実にラーメンを作れるようになってしまう。
つまり神を超越した完璧な存在に成るのだ。
完璧ほどつまらないものなどこの世にない。



次の日、僕はラーメン屋のバイトをとんだ。







あとなんか講義も休んだ。




















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