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【読書日記】3/30 恋する才能。夜桜お七「『MARS☆ANGEL』/林あまり」

『MARS☆ANGEL』
林あまり 著 河出文庫文藝collection

桜が美しいです。
しかし、3月も終わりが近づき、気の早い桜は早くも散り始めとなりました。

先日、NHKの番組「生中継スペシャル! ニッポン「今」つないでみたら 春よ、来い2023」で、とある学校の「孝子桜」と呼ばれる枝垂れ桜の大木を中継で映していました。満開の花がやや重たげに揺れるさまがライトアップされ、その前に設えられた緋毛氈の舞台で坂本冬美さんが「夜桜お七」を歌っていました。
これほど似合いの舞台は無いなあ、とみとれました。

そして、本棚の奥から数十年ぶりに本書を引っ張り出しました。
平成の初め頃、私がまだ初々しい番茶も出花の頃、何気なく手に取った歌集です。
色恋をときに激しく、ときにあだっぽくうたいあげる歌、その合間から明確にひとりの女性の姿が浮き上がってくるようなドラマティックな連作短歌に衝撃を受けました。

特に「夜桜お七」の連作に惹かれました。
 見出しは「疾風お七」「お七うとうと」「あかきゆめみし」「夜桜お七」とあって、これだけでも詩心に溢れています。

好きな歌をいくつかあげてみます。

赤い鼻緒きれた夢など紡ぎつつお七いつまで春をうとうと
番傘に桜染め抜き今日も春よそおうお七の春は何処へ
雷のいとしき今宵のやるせなさあんたなしでは生きてゆけ……ぬ?る?
死にはしない、狂いもしないとふかくふかく信用される女ではある
道端におやまあ小さな耶蘇仏ひとみの欠けた笑みに手合わす
さくらさくらいつまで待っても来ぬひとと死んだひととはおなじさ桜!
夜桜の嵐浴びつつ力こめ火星みあげるお七の座標
なにもかも派手な祭りの夜のゆめ火でも見てなよさよならあんた

林あまり「MARS★ANGEL」Ⅱ夜桜お七 より抜粋

何本もの物語が紡げそうな歌の数々。
そして、そんな歌をよみながら、若かった頃の自分は「恋するってのも才能がいるんだよな~」としみじみと感じておりました。
私の思う「恋する才能」とは、容姿でも性格でもモテるコツでもありません。合理性も経済性も浮世の理もすべて蹴っ飛ばして相手に夢中になる才能のこと。この相手は、「人」でなくとも「趣味」だったり「モノ」だったりする場合も同じことです。
ジュリエットしかり、八百屋お七しかり。
誰か(何か)に恋したら(夢中になったら)、それしか見えない、それしか考えない、損得勘定とか、人様からの評価とか、どうでも良い、自らを焼き尽くしてでも突っ走ることのできる才能。
身近にいたら、はた迷惑ではありますが、その強烈な輝きに魅せられるから、詩が捧げられ、物語として語り継がれるのだろうな、と。

本書を読んで、しばらくして坂本冬美さんが歌う「夜桜お七」が大ヒットしているのを知りました。(当時はあまりTVを見る環境にはいなかったので、おそらく年末のレコード大賞とか紅白などの歌番組で聞いたのだと思います)
おや?と思ったら、やはり歌詞は林あまりさんで、この歌集の歌を再構成したとのことでした。
自分がいいな!と思ったものがヒットすると嬉しくなりますよね。自分の鑑賞力、なかなかのものじゃないの、という気持ち。
そんなことを思い出しながら久しぶりに聞きましたが、あでやかで哀しくて強くて弱くてやっぱり桜の似合う歌でした。