#選択の代償 第23話
おはようございます、#選択の代償、私、亀川がお送りしております。
さて、前回の『光ショック』が起こったのがGW前でした。GW中は、オフィスには出ていたものの、特にその件での影響が何かあったわけではありません。それはGW明けに起こり始めました。
まず、親会社の脇下常務がオフィスに飛んできました。そして「社長、これから資金調達を始めなきゃならないので、その準備を至急頼むわ。資料作るのに大変だろうから、大村を2~3日置いてくわ。その間に、BS/PL/CFと併せて株価算定と株主構成シュミレーションを作ってほしい」と指示されます。ここまでの流れでお分かりのように、この新会社はまだスタートして1か月が経過したまでです。
その状況で、新たに資金調達とは私も何が何だか消化不良のまま、資料作成をはじめます。せっかく、新会社、新規事業を推進するために、ここにいるはずでしたが、3月からひたすら、資料作成と金融機関や士業の方々としか接点がありません。当時は、どんどん太りましたね(笑)
この資金調達の準備を始めてから、更なる別の波が訪れます。実は、これが一番最後までもめたというか引きずったのかもしれません。
それは、3月の時点で大阪の親会社は、北米のAPEX社にライセンスの独占的使用権の対価(ライセンス料)として、3億円の支払いをしていました。そしてこの新会社がその権利を活用してビジネスを展開する計画でした。
このライセンス料の送金の際に、大きな不手際が発覚したのです。その不手際とは、源泉税が未納付で処理されてました。この場合、約6,000万円かかることになりますが、この納付金は通常、双方で負担しあうので、半分というはずでした。しかし、先方のAPEX側は、『そんな条件は聞いていない』の一点張りで、交渉が縺れることになります。
この不手際が発覚したのは、先の資料を作成する際に、費用科目を整理していた際に見つかりました。さあ、これは大変です。額が額ですから、もし国税から指摘を受ければこの新会社だけではなく、親会社も大きな打撃を受けます。ところが、親会社はその件よりも先の光ショックの問題の方が最優先課題で、てんやわんやの騒ぎのようでした。
いわゆるHIT SHOPそのものの運営が大きな収益の割合を占めていたからです。そのほかには法人営業としてSOHO向けのビジネスホンや事務機器などの販売を展開していました。
この泥沼の状況下で、T氏は必要な人材を招集し、気づけば、技術部門6名となっていました。この6名は今でもかなり優秀な人材が集まっていたと記憶していますが、技術力があっても、顧客を捕まえることはできません。そこで、営業部門のスタッフとして募集を掛けたり、知人の紹介だったりと、私もその面接を進めていました。その中でも今でのお付き合いのある二人は忘れません。
一人はハローワーク経由で応募してきた小泉さんでした。経歴がちょっと変わっていて某お花屋で法人営業をしていたとの事。応募動機は『これから時代が変わると確信し、新たなチャレンジをしたい』とのことで当時は全くインターネットの知識もなかったのですが仕事に対する丁寧さを非常に強く感じ採用したのを覚えてます。その彼(小泉さん)は今や一国一城の主となり先日、新たなショールーム開設の案内を頂きました。
そしてもう一人は知人の紹介だった新井さんです。彼も実はこの光ショックに関係する別の会社で法人営業をしており、この状況のままではマズイと転職を考えていました。その彼も、今や社長です。10年以上経営を続ける手堅い経営者の一人です。
といった形で社内の人員も急激に増えていったのです。
これまでの私自身に降りかかる物事とは別に、実務部隊が大きく2つに分かれることとなります。1つはMAIAからの移籍組、間口氏が取りまとめるアナログ制作部門、そしてT氏が取りまとめるデジタル制作部門と、これらの営業・提案活動をすすめる部隊という構成です。営業部門のスタッフは結果4名となりましたが、この取り仕切りは私が担当することとなってました。この状況下で増員数とスピードは今考えるとちょっと異常でしたね。(笑)そこへ新たに、大阪から4名の営業人員が送り込まれます。そう、携帯電話の販売経験者や事務機器の法人営業経験者です。
こちらで採用した人員とは異なり、明らかに異文化の環境で育った人達でしたが、人間味あふれるとても個性的な方々だったと記憶しています。彼ら4人は大阪からの単身赴任という形で、オフィスに席を置くことになりました。
結果、事務所内はアッという間に20人を超えるスタッフがそろったという事になります。この時は、ある意味『会社らしい空気』も感じた気がしました。しかし、なかなか顧客獲得に至るまでには、厳しい現実がありました。最初は、様々な企業法人を訪ねて、「ホームページにご興味ありませんか?」などという切り出しで展開していたようです。
そう、この頃に『ターゲティング』という明確な概念がなかなか具体的な施策と結びつきにくかったように思います。この続きは、また次回お聞き逃しなく!
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