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皮ふ 1

私の皮ふは、人よりうすくて、ぼこぼこしている。
うすくてぼこぼこしていて、自分の内と外の境をあいまいにしている。
内にある体液をしっかりと閉じ込めておけず、うっかりすき間からもらしてしまう。
外で起きている気圧や気候の変化はかんたんに内に入りこんできて、内の調和を乱す。
内の不調和は、皮ふをますますうすく、ぼこぼこにして、外に向かって主張する。


かつて、私の皮ふは、内と外をはっきり分ける役目を果たしていた
あいまいにしたのは1本7000円の、舶来ものの、うすいオレンジ色をしたクリームだ。
白とグレーを基調にした箱に入っていて、外国のセレブがつけそうなものだった。
そのクリームは、すらっとした美人の知人に紹介された池袋の皮膚科の待合室の、天井から吊るされたTVモニターで繰り返し宣伝されていた。
南アフリカの仕事ができそうなお医者さんが、表やデータを使って、その画期的ですばらしい点を英語で説明していた。
診察室に通されると、それまで見たことがないようなおしゃれな女医さんが私の前に座り、パネルを使って皮膚構造のプレゼンをした。そして、このクリームを全身にたっぷり塗ってください、といった。
この小さいチューブは目の周り用、この中くらいのチューブは顔、この大きなチューブは身体用。
受付で2万円ちょっとを払って、クリームを受け取った。

会計が高額なことはもちろん、どの点をとっても私の知っている病院とは異なっていた。
緑のスリッパに履き替えて待っているとおじいちゃん先生が診てくれて、もっさりした軟膏をくれる地元の病院。都心の知る人ぞ知るクリニックは、白いモダンなインテリアで、ばっちりメイクをした女医さんが、一般にはまだ広く知られていない南アフリカのクリームをくれるのだ。
それらは女子校生の心をくすぐった。
同級生の何気ない「肌乾燥しているね」という一言でクリニックを受診したおかげで、私だけ先に大人の女性になった気分だった。

帰宅するとさっそくパッケージを開けてクリームを塗った。
これは目の周り。顔。首。腕の内側。他にもカサカサしているところ、ぜんぶ。
かすかにツンとした香りが混ざっていて、豆のような独特な匂いがした。
言われたとおりに塗り終わるとチューブを自分の部屋の鏡台に飾るようにして置いた。

数日間は特に変化がなかった。
1週間がたち、次の受診日が近づいたころから、いつもさりげなくそこにいた私の皮ふは、存在感を増してきた。
ずっと赤く発色している。それに、なんだか常に痛いし痒い。

クリニックにいって相談すると、女医さんは、患部の写真を撮影して、他の患者さんが改善した写真を見せながら、目力を強めて言った。
塗り方が足らないようですね。皮ふが生まれ変わろうとしているところなので、もっと塗ってください。
ここを乗り切れば赤ちゃんのようなつるつるのお肌になりますよ。
そういって前回の倍の量のクリームを処方してくれた。


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