インタビュー翻訳:《今日のSF.2》「臨時操縦士」ペ・ミョンフン、「SFとパンソリは実はよく似合うジャンルなんです」
韓国の出版社BOOK21の文芸レーベルarteから刊行された、ムック誌《今日のSF》の2号の発売を記念し、韓国の老舗書店である教保文庫様のインターネットサイトに掲載された、韓国のSF作家ペ・ミョンフンのインタビューを翻訳しました。
本文はこちらから読めます。
http://news.kyobobook.co.kr/people/interviewView.ink?sntn_id=15321&expr_sttg_dy=20201216095600
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《今日のSF.2》「臨時操縦士」ペ・ミョンフン、「SFとパンソリは実はよく似合うジャンルなんです」
2020/12/16
ペ・ミョンフン作家はエッセイ『SF作家です』で「SFとは世界を込めた話」であり、だからSFを書くということは「新しい世界を構築すること」だと語った。15年以上続けて様々な方式で新しい世界を構築しながらSFの地平を広げて来た彼がこの度刊行されたSFムック誌《今日のSF》2号に中編「臨時操縦士」を発表した。韓国SFの最前線をお見せにするというこの雑誌の野心に満ちた企画に答えるよう、彼の新作はまた一つ予想できなかった方向へと大きい一歩を踏み出した。この他にも長編『ぐるぐる宇宙軍』を含み、今年誰よりも活発な執筆活動をしてきたペ・ミョンフン作家の話を聞いてみよう。
Q:今年は先生の名前が乗った色々な本が出版されました。長編が一冊、短編と中編が乗った本が二冊、復刊とリカバーに初のエッセイまで。去年から続いたSFの人気に「科学小説全盛期」という言葉までありましたが、その影響を最も実感している一人だと思います。どうですか?
A:今までは本を出すたびに「SFとは何か?」を説明するのに多くの時間を要したのですが、今はその必要がなくなって楽になりました。全体的にSFを受け入れる態度が変わってきて、作家たちがもう「SFとは何か?」、「SFとファンタジーはどう違うのか?」などのうんざりするような論争に足を引っ張られることなく次の段階へと進められるようになったのが一番よかったところです。《今日のSF》はこのような最先端の疑問と答えでできた書籍です。
Q:新作「臨時操縦士」をひと目見た時に一番目を引くところはやっぱりパンソリ形式です。紛争地域にロボットが登場する物語をパンソリで読むと内容と形式による時間差がもたらす感想が独特でした。読者によっては斬新にも不調和にも感じられつようなこんな実験を、特にこの作品で試した理由はなんですか?
(※パンソリ:朝鮮の伝統的民俗芸能。一人の歌い手と太鼓奏者による物語性のある歌。)
A:「臨時操縦士」は昔から計画していた宿題です。近代小説より前の韓国語で自分の物語を表現してみることが目標でした。私がいつもSFを書いているので、自然にSFの物語をパンソリにすることになりました。簡単にできることではないので、このための時間を割かないとできないプロジェクトでした。実際書いてみると中編を書くのに長めの長編一本を書くよりも時間がかかりました。急に時間が余ったのはコロナウイルスのせいで計画していた色んなことが中断になったからです。
「臨時操縦士」はこの実験のために5年間構想していた話です。途中は普通の小説のかたちで書いてからパンソリに改作しようかと思っていましたが、コロナウイルスの拡散で家に籠もっている時間が多くなったので当初の計画どおりパンソリの形式で書くことになりました。
Q:掲載される前に周りの人に見せたことはありますか?反応が気になります。
A:読んでいる方はそう多くはありません。私もこのような話を書くのは始めてなので、この話がどう受け入れられるのかまだ予想できません。チョン・セラン作家は《今日のSF》のイントロを書くためにお読みになったそうですが、とても肯定的な感想を送ってもらいました。文学専攻出身として興奮するしかないとのことでした。もうひとりの編集委員だったチョン・ソヨン作家からも2020年韓国文学界で最も実験的な作家は私だと言ってくれました。出版後にはキム・チョヨプ作家からどうやったらこんなものが書けるのかという反応ももらえました。いい意味での「これは一体なんですか?」だったので、一応文学テキストとしては及第点だと安心しました。この三方からこの反応なら誰が読んでも大丈夫でしょう。
Q:先生の特有のユーモアセンスがパンソリの文体と合わさってシナジー効果を起こす部分がありました。チョン・セラン作家がイントロで紹介した通り、文章がそのまま声で聞こえるような感じもしました。文体や表現に神経を注がれたのではと思いますが、一番力を入れたところや難しかったところをあげるとどこになりますか?
A:まず既存のパンソリで使われる言葉を使うべきという問題がありました。必ず古い言葉を使わなければいけないということはありませんでしたが、パンソリ形式の小説ではなくパンソリを書くという気持ちで作業したので、誰が見てもパンソリだと思われるよう語彙の選択に気を使いました。辞書をよく引いたという意味です。
そして記憶に残っているところは文章を終わらせる方法です。古典パンソリでは文章が終わるところが少し曖昧です。「~です/だ。」で終わることは多くなく、冗長に続いて登場人物のセリフで文章全部を締めることが多かったです。同じく、段落を繋げる方法を探す過程も意外と難しかったです。
最初は主にこういったところに集中していたんですが、書いているうちにチャンダン(※長短、パンソリ特有の拍子、リズム)を考えないと意味がないことに気付きました。それでチャンダンの勉強をした後また最初から書き直すことになりまして、結局はここが一番難しかったです。作家に真似できるのは基礎的リズムや韻くらいですが、実際のパンソリのチャンダンはとても躍動的なんです。それを全部真似できるわけでもないので、どこまで寄せられるかで苦労しました。切りがありませんから。
Q:パンソリが実はSFと親和性が高いという話をされたことがありますね。具体的に言うとどういうところですか?
A:近代より前の物語では想像力がリアリズムという壁にぶつかることがありません。パンソリも同じです。『水宮歌』や『沈清歌』、『興夫歌』のあらすじを思い浮かべると誰でもこれらの物語が「ジャンルもの」であることに気づくと思います。
私が主に参考にしたのは『赤壁歌』でした。天下規模の戦争の物語なので、SFに活用できる言語的材料が多かったです。また、『水宮歌』で鼈主簿が始めて地上世界に出るシーンも実はSFではよくあるシーンです。宇宙飛行士が始めて訪れた惑星に降り立つ場面を描写しているシーンとほぼ同じですから。『沈清歌』のラストシーンもいい例です。盲目だった沈奉事の目が開くシーンですが、伝統パンソリの全てにおいてハイライトだと言ってもいいほど音楽的に素晴らしいシーンです。ミュージカル〈西便制〉もこのシーンで終わります。しかし、元々のパンソリの方にはこの後に続くシーンがあります。沈奉事の目が開かれた瞬間、全世界の視覚障害者が同時に視力を回復するんです。決定的事件の効果が主人公の個人レベルにとどまらず全世界に影響を及ぼすシーンですが、韓国の現代小説だったらこの展開は省略されると思います。この展開の有る無しではない方がSF的だと言えるでしょう。
Q:この作品は実際舞台で上演されることを念頭において書かれたとお聞きしました。戦闘シーンもあるから舞台の規模が大きくなりそうですが、実現できるでしょうか?
A:私は歌い手一人が太鼓奏者一人と歌う公演を想定して書きました。パンソリが持つ強みの一つは、物語の語り手と登場人物を全部現実の演者一人によって表現される方式です。特殊効果は歌によってカバーできます。パンソリはこれが可能だからSFを表現することができる芸術なんだと思っています。
Q:以前、『パンデミック』に掲載された「チャカタパの熱望で」では破裂音が消えた22世紀の韓国語を披露されました。このような媒体や形式の変化にずっと挑戦されているんですか?
A:「チャカタパの熱望で」は私のデビュー作「スマートD」の延長線上にあるものです。《대산문화》(文芸誌)で発表した「未来過去時制」も時間旅行者と思われる人物の言語習慣を通じて未来人の痕跡を追跡する話だったので同じ系統とも言えます。
「チャカタパの熱望で」はパンデミック時代に強調されるニュー・ノーマル、新しい正常性というテーマと関係があります。言語という道具を使って仕事をしている作家の観点からこの言語という材料そのものが変わってしまえばどうなるのかを想像してみた結果です。媒体そのものに関する問題はずっと興味を持っているテーマなので、これからも書き続けることになると思います。
Q:『ぐるぐる宇宙軍』では韓国宇宙軍を書き、「臨時操縦士」では海外で就職した主人公を始めに紛争地域で活躍する主要人物達が韓国人です。《今日のSF》2号のインタビューでのミン・ギュドン監督の言葉を思い出しました。SF映画で宇宙人はいつもアメリカやヨーロッパから訪れて韓国はいつも後回しになるけど、これからは韓国が最初に宇宙人に出会うこともできるという図々しい態度も必要だという話です。ところが、コロナウイルス事態を経て韓国が事態の中心になるSFという図式に違和感がなくなりました。そして「臨時操縦士」は韓国と韓国人を中心にするSFという概念が内容だけでなく形式の観点からも一歩進んだのではないでしょうか。読者の皆さんにこの作品をどのような読み方をされたいという希望はありますか?
A:韓国小説でこの問題はだいぶ解決されました。韓国の作家はもう韓国人を主人公に登場させればいいだけです。これがまだしっくりこない作家は他の同時代の作家がこの問題についてどのように答えを出しているのかを参考すればすぐに解決できます。映画界も早くこの問題が解決されることを期待しています。そうなれば科学小説と映画が協力できる機会も多くなるでしょう。
ただ、韓国人の主人公を宇宙に送り出す時、外国の機関を通さないといけないというところはまだ解決できていません。例えば、韓国人の主人公がNASAを通じて宇宙に向かう物語がアメリカで翻訳されて紹介されたら、まだ奇妙な違和感が感じられるからです。『ぐるぐる宇宙軍』に登場する韓国宇宙軍はその流れから作り出した機関です。
「臨時操縦士」が読者の皆さんの目にどう映るかは全く予想できません。特にこういう反応を期待しているということはありません。しかし、パンソリを執筆しながら気づいたことがありますが、その一つがチュイムセ(※パンソリにおける掛け声、相槌のようなもの)の役割です。書いている間ずっと、チュイムセがあれば励みになるだろうなと思いました。でも作家は舞台の上で観客と向き合うことがないので、「あそれ」「あよいしょ」などのチュイムセが聞けません。もしインターネット上のどこかでチュイムセが見つかれば嬉しくなると思います。私には見えなくても、本にチュイムセを書き込みながら読んでみると「韓国伝統SF」を読む適切な鑑賞方法になるかもしれません。
Q:キム・チョヨプ、チョン・ソンランを始めとする若い韓国SF作家が躍進しています。最近SFへの関心が高まったのは時代の流れと共にこのジャンルの再発見があったというのもありますし、また韓国SF作品そのものの変化とも関係があると思いますが、15年以上SFを書いてきた作家として最近の変化についてどのように思われますか?
A:韓国SFはまだシステムが十分に整った界隈ではないので、新人作家が成長して定着するまでの数年の時間を確保できるほどの余力がありませんでした。新人もベテラン作家のようにすぐに一人前の仕事ができないといけなかったんですが、ここ数年デビューした作家たちはその役割をとてもよく果たせました。もちろんこれが全てではなく、まだまだ眠っているSF作家志望が多いと聞きます。この方々が今後デビューすれば20年代の韓国SFは今よりもっと豊かになるだろうと予想します。
幸いなところは、今デビューしているSF作家陣の作品スタイルが多様なところです。色んな作家が同じテーマについて思索しても皆違うスタイルの作品になるので、現在の韓国SFはとても健康的だと思います。文学が収斂するのは一瞬ですから。文壇にはたまにSFは一つのスタイルしか持たないと思ってらっしゃる方がいらっしゃいますが、作家ごとにそれぞれの違うスタイルを発展させている状況です。
Q:《今日のSF》2号に乗っている他の作品はお読みになりましたか?他の作家の作品でおすすめの作品をあげるとしたら?
A:《今日のSF》はすでに重要な紙面になりました。どういうことかというと、原稿の依頼が来たらベストを尽くさなければならない紙面という意味です。今回の2号に収録された作品一つ一つからそんな決意が感じられるほどの力作揃いです。3号に乗る予定の作家たちも結構プレッシャーを感じられるんじゃないだろうかと思うほどです。こうなると雑誌は全体的に面白くなります。「力加減」をせずに一番出来がいいものを出さざるを得なくなるからです。皆さんも読んで見ればすぐにわかると思います。
なので、評価というよりは個人の趣味になりますが、チョン・ヘジン作家の「『ウィッチズ・デリバリー』と共にするブンダン散歩」というエッセイが1号に続き2号でも目を引きます。チョン・ソヨン作家の最近の作品を読んできた読者なら「スジン」という掌編からSF作家の技量が爆発する瞬間の快感を感じられると思います。ゴ・ホクァン作家の短編「0から9まで」も面白いアイデアを上手く使いました。私はユーモラスな話が好きなので。
Q:今年読んだSF小説の中で一番記憶に残っている作品は?
A:これは毎回答えが変わるんですけど、今は『パンデミック』アンソロジーに乗ったイ・ジョンサン作家の「虫暴風」かなと思います。
Q:来年の計画は何かありますか?
A:今年はコロナウイルス事態で計画が狂ってしまい、働きすぎた一年でした。来年はこうならないようにと思います。
2021年はイギリスで『タワー』が発売されます。
Q:最期に、《今日のSF》2号の読者の皆さんに一言お願いします。
A:SFへの先入観を忘れて、今ここで韓国SFが繰り広げる具体的な話に集中してください。そしていい話に出会った時、できるだけ純粋で直観的な方式で感動してみてください。
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訳者補足
《오늘의 SF(今日のSF)》は韓国の出版社BOOK21の文芸レーベルarteから刊行されたSF専門ムック誌です。2019年の12月に創刊され、年1のペースで現在2号まで刊行されました。
배명훈(ペ・ミョンフン)作家は2005年の科学技術創作文芸公募展で著作権とAIによる24時間監視体制を描く短編「スマートD」で大賞を受賞して以来、多数の作品を発表し多くの文学賞を受賞した作家です。韓国では元老SF作家は存在しないので、ペ・ミョンフン作家は韓国SF界隈では代表者と言っても過言ではありません。代表作としては超巨大摩天楼国家を背景にした連作短編集『タワー』があります。
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