古事記の作者も知らなかった『熊』の意味
小学校の正門と、お風呂の写真。このふたつには、関係は、まったくありません。
すこし、回りくどい話になります。
昔、演劇の仕事をしていたとき、毎年必ず呼んでくださるお得意様に、堺市立熊野小学校がありました。
熊野は、「ゆや」と読みます。ゆや小学校の卒業生のみなさん、劇団2月を憶えてますか。
ところが、所在地の町名は、くまの、です。
西宮市の阪神タイガースの二軍グランドがある鳴尾浜に、「熊野の郷」という、温泉があります。たしか、以前は、ゆやのさと、だったのに、いま検索すると、くまののさと、になっていました。
ゆや、とは誰も読めないから、仕方なく、くまの、にしたのでしょう。
漢和辞典で、熊、を調べると、本来の意味は、ゆ、だとわかります。動物のくま🐻は、能、だった。字の用法が変わり、熊がくまになった。
ゆ、とは溶岩や溶かした金属の光、という意味です。だから、熊本県は、くまモンの国ではなく、火山の溶岩の光の国、という意味です。
あそ、あさま、は火山を意味する普通名詞です。だから、富士山を御神体とする神社を、浅間と書いて、せんげん神社という。
阿蘇山は、火山を代表する、名前です。中国の隋書に、倭国には阿蘇山あり、と書かれているのは、必ずしも九州の阿蘇山を意味しません。
熊野は、ゆや、であり、火山や金属製錬にかかわる。
古事記で、神武一行が熊の毒気で全員倒れるという話を、普通は動物の熊の皮ごろもを着た現地人にやられた、あるいは熊🐻が毒気を吐いたと、無茶な解釈をします。
日本書紀では、ニシキトベ、というものにやられた、とあります。ニシキトベのニは、丹、朱砂、水銀の原料と推測されます。つまり、水銀中毒で全滅した。
🐻くま、ではなく、ゆ、と解釈すれば、話は辻褄があいます。
だから、熊野、は、本来、ゆや、であろう。
溶けた金属が流れ落ちる。ごとびき岩の火祭りも、合点がゆきます。