“ 雪”と聞いてはじめに思い出すのは、一緒にバスを待っていた父の背中についていた小さな雪。有名な観光地から、帰る時の出来事。

そのときのわたしはまだまだ幼くて、いろんなものに影響されやすくて、早く大人になりたいともがいていた。

父の隣にいるのも少し恥ずかしい、と思っていた年頃。
おそらく父はそれをなんとなく感じ取っていて、バスを待っているあいだは会話もほとんどなかった。

私に背を向けて、ずっと遅れていたバスが来ないか遠くを眺めていた父。
その肩の白いホコリを払ったら、あっという間に溶けてしまって、そこではじめてホコリじゃないと気づいたのだ。

雪が降らないまちで育った私には、生まれて初めて見る雪だった。

何も言わず振り返った父に、
ホコリだと思って払ったら雪だった、初めての雪だ、と興奮して話したのを覚えている。

その時の照れたような、言葉につまったような何とも言えない父の表情が、心に引っかかっていた。


次に“ 雪”と聞いて思い出したのは、初めてできた恋人と、初めて旅行に行った時のこと。駅の改札向かいの歩道橋のすみに、少しだけ積もっていた溶け残りの雪の映像。

何回も乗り換えてやっと着いた深夜の駅は閑散としていて、街の灯りも消えかけていた。

駅と外の境界線で、iPhoneを片手に立ち止まったままの恋人。その隣で荷物を持って寒さに耐える私。

視線の先は黒っぽく溶けかかった雪。数年前に見た雪とはだいぶ違う、湿っぽくて固そうな雪。


今日泊まるホテルまでの道も、明日の電車の時間も、全部調べてうまくいくように下準備は済ませてある。あとは歩き出すだけ。

早くどこかに着いて、暖まりたかった。
なのに、伝えられなかった。
いつも些細な事で喧嘩が始まるから。

「さ、ホテルへの道は覚えたから行こう。」

恋人は私の大荷物を持って歩き始める。それから、寒いのに待たせてごめん、とカイロをごそごそ取り出した。

ポケットの中でじんわり暖かいカイロを握りしめながら、どうして父があんな顔をしていたのか、私はその時やっとわかったのだ。


今日、外ではふわふわと雪が降っている。
他の人には、ただの雪の日。